逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

愛着障害の人は自分で自分を育てなければならない

健全な家庭で育ち
心がちゃんと育っている人は

 

自分の自由な心を大事にしながらも
現実の厳しさとの折り合いをつけることができます。

 


自分の自由な心と現実の厳しさは逆方向なので

大変な葛藤が生まれます。

 


それでも折り合いをつけられるのは
育ってくる過程で
そのやり方をちゃんと教えてもらえたからなんですね。

 

 

 

 

たとえば

 


まるで心の中に

 

自分に従う自由な人
現実と折り合いをつけようとする人の2人がいるように

 

自問自答を繰り返します。

 


「あれは嫌だ」

 

「確かに嫌だね。でもそうするとこれを手に入れられないけど
 どうしようか。」

 


「あれがやりたい」

 

「やりたいね。こんな事が起こるかも知れないけどやってしまおうか」

 


「楽しいことだけしたい」

 

「楽しいことだけしたいね。今はそうする?
 それともなりたい自分になる方を優先する?」

 

 

 

自分の自由な心の声を聞きながら

 

お互いに話し合い

 

自由な自分に従ってエネルギーをためる時なのか
現実を良くするために目標のために我慢する時なのか

 

納得して決めていきます。

 

 

 


この心の中の葛藤の様子に
親子関係でのやりとりが反映されるんです。

 

 

 


愛着障害の人は

 

どんなやりとりになるのでしょうか。

 


全否定をするタイプの親を持つ人はこうなります。

 

 

 

「あれは嫌だ」

 


「仕方がないだろう。我慢しろ」
「みんな嫌でも我慢してるんだ」
「わがままを言って恥ずかしくないのか」
「努力をしない、怠け者が」

 

 

 

「あれがやりたい」

 


「私が決めたこれをしなさい」
「普通はそんなことしないわよ」
「将来のためにやらなきゃいけないことをやりなさい」
「お前には無理だ。絶対失敗する」
「自分勝手だ。人のことを考えろ」

 

 

 

「楽しいことだけしたい」

 


「それで社会で通用しない」
「みんな苦しい思いをして立派な人間になってるんだ」
「バカなことを言うな。ちゃんと考えろ」
「そんなことをしてる奴はろくな人間じゃない」

 

 

 

自分の心の中に
全否定をしてくる親が鎮座しています。

 

葛藤をする間もなく
あっという間に自分の自由な心は否定され

 


罪悪感や無力感、劣等感、恥が押し寄せます。

 


これに耐えられなくなると

 


自分の自由な心はいなくなり
自由な心を全否定する親と、それの言いなりになる自分

 

2人が心の中に住み続け
自分の行動を決定していくようになってしまい


自分がわからなくなり空虚な感覚に苦しむことになります。

 

 

 

あるいは

 

必死に耐えながら
自由な心をかろうじて保ちながら抵抗する自分と
強く全否定する親の戦いが続き

 

つねに鬱状態になるようになってしまいます。

 

 

 

他にも

 

全否定する親が鎮座する心の中から逃げるように
現実から目をそらし、色んなことから逃げるようになり

 

現実を自分の思うように変えていくことが出来なくなってしまいます。

 

 

 


親に全否定をされてきた人は
心の中にこれだけの苦しみがあり
行動まで左右されてしまっているんです。

 

 

 


愛着障害といっても様々で
全否定まではされていない人もいますよね。

 


両親のうちどちらかが自由な心を受け止めてくれた

 

否定はされたけど強くはない

 

肯定はされなかったけど否定はされなかった・・・などでしょうか。

 

 

 

全否定をされていなくても
自分の自由な心の声を十分には聞いてもらっていなければ

 


自分の自由な心の声を聞きながら
現実の厳しさとの折り合いをつけるのは難しいですよね。

 

 

 

愛着障害の人は
こんな理由で

 

自分の自由な心と
現実の厳しさの折り合いをつけるのが難しく

 

奔放になりすぎたり、厳しくしすぎたり
自分の気持ちがあちこちにいってしまうんですね。

 

 

 

とても悔しいことですが
心の中に親のしつけという関わりが深く残ってしまっているんです。

 

親と離れてからも
自分が親の代わりに自分に厳しく関わってしまっているんですね。

 

親の関わり方は
絶対に追い出さなければいけませんね。

 


楽しい思い出は大事にしていていいんです。
しつけという関わりは追い出しましょう。

 


そのためには
大変ですが
自分で自分の自由な心の声を聞いてあげながら
自分を気長に育ててあげなければいけません。

 

 

  

親にされたのと同じように
自分に厳しくしたくなってしまいますよね。

 

だけど
これまでこんなに否定されてきた自分を
さらに厳しくするのはひどいことじゃありませんか?

 

 

 

これまで押さえつけられてきたからこそ
ちゃんと育つことが出来ませんでした。

 

だから今は
ワガママでダメで幼稚でどうしようもない自分かもしれません。

 


ふがいない、情けない、悔しい・・・と
そんな自分を認めたくないかもしれませんが

 

自分が認めてあげて
気長に育ててあげなければ

 

いつまでたっても心の中の厳しい親はいなくならず
自分の自由な心は小さくなったまま育たないんです。

 

 

 

こんな大変なことを自分でやらなければならないなんて
みんなは親にやってもらったのにと、本当に悔しい思いがしますね。

 

私もそう思います。

 


でもこのままじゃ
自分が苦しいままです。

 

 

 

本当に大変なことですが
自分で自分の自由な心を育てていってあげましょうね。

 

 

 

 

 

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