逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッドはずるい人間ではいられない

 

 

因果応報という言葉

 

あなたは信じられますか。

 


私には、全く信じられませんでした。

  

 

 

人にばかり気を遣って生きている人は

自分を後回しにしてるのに人に愛されない

 

楽そうに生きている人は
自分勝手にしているのに人に愛されている

 

 

人が良い人は金銭的に困窮していて
人から搾取して自分の利益を追求している人が成功している

 


こんな場面を多く見かけると

 

とても
その人の行いがその人自身に返ってきているとは思えませんでした。

 

 

 

でも
ギフテッドに限っては
因果応報はとても当てはまるんじゃないかと思ったんです。

 

 

 

 

ギフテッドの人で
自分のことを好きになれない、と言って苦しんでいる人は

 


どこかで見て見ぬふりをしている自分に気づいていたり

 


自分の言動に対して人が不快そうにしていることに気づき
わかっていても改善できない自分を責めていたり

 


自分は間違っていないと思いながらも
心のどこかで

自分が間違っていると気づいて罪悪感に囚われていたり・・・

 

 

自分の間違いやずるさをごまかそうとしても

どこかで過ちにきづいてしまうようでした。

 

そんな自分を好きになれないんですね。

 

 

 


一方で

ギフテッド以外の人は

 

人を不快にしていても
気づかず、見て見ぬふりをしても平気

 

 

実際は間違ったことをしていても
自分が良いことをしているんだと思い込めば
本当にそうやって自分を騙すことができる

 

 

外から見て高評価があれば
例えばお金がある、地位や名誉があれば

自分の力でこの結果になったんだと思える

 

 

自分が間違っていてもずるくても

それに苦しまないでいられる人が多いんですね。

 

 

 

 

 

ギフテッドは道徳観が強いです。

 


だから

 

正しい志にばかりこだわってしまいがちではないですか。

 


正しいことだからと

 

嫌々人のためにやる
我慢をして無理をして人のためにやる

 

人も正しくないと否定したり
正論で押さえつけたりする

 


こうしてしまう人、多いんじゃないでしょうか。

 

 

 

そうすると

 

余裕が無くなってつらくなって

 

恩を着せてしまったり
機嫌が悪くなってしまったり
自分の間違いを認めなかったり
怒りを持ったりして

 


人を不自由にして嫌な思いをさせたりしてしまいますね。

 

 

 

志は正しいんです。

 

でもこうやって

 

結果的に
人を不快にさせ、人に迷惑をかけ、人に嫌われてしまうんです。

 

 

 

ギフテッドは

道徳観にこだわってしまいますが

 

本当は

 

志はどうであっても
自分勝手に好きなことをやっていても

 

人に不快な思いをさせないで

多くの人を喜ばせることが出来れば


それが人に好かれることや自分の高い評価に繋がって

自分も満足できるんです。

 

 

 


そうなんです。

 

自己満足だけではいられないギフテッドは

 

自分のこだわりだけでやりたいようにやって
人を不快にさせて

人に貢献できないままでは
幸せを感じることはできないんですね。

 

 

 

自分が人を快適にさせているか

自分が本当に人に貢献しているかどうかの結果で
自分が満たされるギフテッドは

 

まさに因果応報だと思いませんか。

 

 

 


また

 

楽をして生きるか、苦労して生きるか
それはどっちがいいかは分かりません。

 

ですがギフテッドは

 

楽をして簡単に手に入れれば
自分の力はつかないし、すぐ退屈します。

 

自分の力以上に結果に恵まれてしまえば
傲慢になって慢心して、いつかは自分の力が衰えていきます。

 


ギフテッドは
楽をしていると幸せは感じられないんです。

 

 

ギフテッドは苦しい思いをすればするほど

 

生き生きとすることができて

力を高めることができて 

大きな結果を出すことができる。

 

まさに因果応報だと思いませんか。

 

 

 

賢い人ほど

 

その偏りや
公平ではないことに気づかずにはいられません。

 


だから
ずるいことをすればするほど

 

ギフテッドは自分に返ってくるんだと思うんです。

 

 

 

ギフテッドのカウンセリングで
私がほんの少しのずるさもごまかしも無くそうとするのは

 

こうやって

自分にすべて返ってきてしまうからなんです。

 

 

 

ギフテッドは

 

間違っていても
ダメで情けない自分であってもいいんです。

 


とにかく
それを認めないことが

 

自分を好きになれない

人に疎まれる

退屈したり慢心したりして力を発揮できないことに繋がり

 

ギフテッドの大きな苦しみに変わるんです。

 

 


ただ今の自分を認めること

 

ここから逃げていたら

いつまでたっても

ギフテッドに心の平穏は訪れないんだと私は思います。

 

 

 

 

 

 

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