逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝㊻知らなかった世界に入りこんだ私

高校生活は
私のその後の人生を大きく変えた。

 

 

 

私が入学した高校は

 

本当なら
私のような惨めな人生を送ってきた人間は
親しくできないであろう人たちばかりがいた。

 

そこで3年間を過ごし
知らなかった世界、知らなかった自分を知ることになった。

 

 

 

私立の偏差値が高い高校に
内申点2.6の勉強の出来ない私が入学してしまった。

 

奇跡だった。

 

自分にはとても信じられない高校で
なんだか夢のようで嬉しくて嬉しくて舞い上がった。

 

 

 

合格したとしても
お金にケチな養父が私立に入学を許したことも奇跡だった。

 


高校生になり
私の周囲からの評価が上がってくると
子どもである私が、養父の自慢になっていた。

 

何故か私の光の部分は全て
自分の手柄だと思っていたようだった。

 

 

 

一緒に居るとき店員さんなどに

 

私が綺麗だと褒められると
何故か「自分に似てるから」と自慢げに言う

 

しっかりした娘さん、大人っぽくて賢いお嬢さんなどと言われると
「自分のしつけの賜だ」と鼻を高くする

 


まぐれで学年トップをとった時も
「自分に似て頭が良いんだ」と店で自慢していた。

 

 

 

養父はずっと

うちは金がない
公立高校以外はダメだと言い続けていた。

 


でも、私が言ったことで気が変わった。

 


「私は内申点が悪いから
 この偏差値の低い学校しか入学できないと先生は言っている」

 

「でもほら、学力テストでこれだけ高い偏差値をとってる」

 

「先生が間違ってる。私立なら偏差値の高い高校に入学できる」

 


養父はずっと学歴コンプレックスがあった。

 

さっき言ったように私が自慢の種だった。

 

養父は外に敵をつくると、途端に激しく私の味方になる。

 


養父は
自分の娘が頭が悪いとは認めたくなかったから
偏差値の高い高校に行って欲しかったのだ。

 


「そうか。その先生がおかしいな」

 

「お前は頭がいいのに、そんな高校じゃダメだ」

 

「私立でもいいぞ」

 


先生を敵に仕立てあげ、気持ちをもり立て
プライドをくすぐりお金を引き出す。

 

私の邪悪な作戦。

 


こうして見事

 

養父の気持ちを変えさせ、私立に入学することに成功した。

 

 

 

高校に入学することになって
私には見るもの全てが驚きだった。

 


私立の制服やカバンはすごく格好良くて
なんだか、自分がお金持ちで上流社会の一員になったような気がした。

 

高校の説明会に行くと
保護者はみんなお金持ちにしか見えない洗練された姿。

 

入学して生徒を見回すと
生徒はみんな小綺麗で余裕があって賢そうな顔をしているように見えて
みすぼらしい私は、とんでもないところに紛れ込んだと思った。

 


どこをどう見ても
その輝かしさに、私とは違う生き物だと圧倒された。

 

 

 

私のことを振り返ろう。

 

 

 

この時うちの家は
貧しいのかお金があるのか分からなかった。

 

私が引き取られてきた時と同じ家
そこから何一つ修繕していない。

 


元々はエメラルドグリーンに塗装された鉄の門が
ひどく錆びて赤茶になって、エメラルドグリーンと赤茶のまだらは目立った。

 

門は壊れてだらんと下に垂れ下がったまま、開閉できないまま。
門は最も家の印象を表現する。
ひどく荒れた雰囲気が醸し出されて、廃墟のようだ。

 

周囲と比較してひときわ小さくボロく、全く手入れもされていない家は
外から見ても
貧しさや住人の心の問題を十分に表現している。

 

 

 

思い出すと

 

中学時代も高校時代も
友人や恋人に自分の家を見られないようにと必死だった。

 

隠しきれずに、見られてしまったときの相手の驚いた顔は忘れられない。
「あなたがこんな家に住んでいるの?」という顔。

 

いつも飄々として偉そうで上品ぶって自分を飾り立てている私が
こんな家に住んでいるとは誰も想像がつかなかったんだと思う。

 

家を見られたときの恥は
本来の私がバレてしまったような気持ちだった。

 

 

 

今思えば
うちは本当はお金があったのだろう。

 

バブル時代に大もうけしたからだ。

 

バブル崩壊後も
高級な飲み屋ではない、うちのスナックにはそれほど影響はなく
客足は減らなかった。

 

客が多いからもっと広いお店に移りたいとか
2店舗目を出したいとか
そういう羽振りのいい話もよくしていた。

 


養父母は見栄っ張りだ。

 

乗り回すバイクは日本に数台しかないという高級バイク。
出かけるときの服はブランドもの。
おだてられて接客されれば金に糸目はつけないで購入する。

 

でも
家の中での服や食事はお金をかけないし、家は荒みきってた。

 

住んでいる家、家の中の様子は
人に見せるわけじゃないからいいと思っていたんだろう。

 

 

 

私の人生のダイジェスト

 


<自叙伝③愛情を与えられずに育つ>
<自叙伝⑱劣悪な家庭環境>
<自叙伝⑲ネグレクトに近い養育>
<自叙伝⑳監視する養父>
<自叙伝㉓性的虐待を受けた私>
<自叙伝㊶中学生でホステスだった私>

 

とりあえずほんの一部。

 


養護施設から引き取られ
ひどく荒んだ環境に置かれ
人格的にも精神的にも問題のある親に育てられ
身体的虐待、精神的虐待、ネグレクト、性的虐待を受け
自分も精神的にも肉体的にも病み
盗みをはたらいたり、教師に反抗したりと荒れ
中学生でホステスをし・・・

 

 

 

そんな典型的なアウトサイダーの私が
このきらびやかな高校にやってきた。

 


私とは180度違う人たち。

 

それはただ勝手にそう見えただけじゃない。

 


趣味はスキューバダイビング(私の時代ではすごいこと)
習い事はピアノやバイオリンやバレエ、弓道、華道、茶道
親の仕事は医師、経営者、有名企業の管理職
休みには家族で海外旅行・・・

 


そんな話が飛び交っていた。

 


育ちの良さがあふれ出ている人ばかりだった。

 

背筋がしゃんとして、まっすぐに人を見据えるような
いつも余裕があって、力が入ってなくて適当で
いつも機嫌がよく、うっすらと微笑んでいるような感じ。

 


バイトをしていないのに、いつもお金を持っているし
身だしなみも持ち物も、洗練されている。

 

 

 

なにもかもが違った。

 

 

 


自分とあまりに違う世界に圧倒されたものの
とてつもない劣等感が押し寄せたものの

 

それよりも
どん底の世界にどっぷりと浸かっていた私が
そんな世界に紛れこみ
そんな世界を見ることができた喜びのほうが大きかった。

 

 

 

だけど同時に

 

私は中学生の時と同様
なめられちゃいけないと思った。

 

なんとかして
このきらびやかな世界に入りこんでやろうという思いを強くした。