逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッドの人は自分を否定しやすい

愛着障害のギフテッドの人は

 

愛着障害の問題が解決してもなお
自分を責める問題は根深く残ってしまいやすいんです。

 


愛着障害のギフテッドが強烈な劣等感を持つ理由

ギフテッドの人の話を深く聴いていて
不思議に思うことがよくあります。

 

 

自分を責める癖がある人には

 

幼少期に
親あるいは親代わりの人に責められてきた

過去に
自分に大きな影響があった人に責められてきたなど

 


理不尽に責められた経験があります。

 

 

誰かに理不尽に責められた言葉が
強い感情と共に自分の頭にしっかりと刻み込まれてしまい

 

それが自分の声で聞こえてくるような感じがしてしまうんですね。

 

 


ところが
愛着障害のギフテッドの人は


愛着障害から回復しても
自分を責めることが中々治りません。

 

自分を責める声が
過去のどの経験から来ているのか見つけられません。

 


一緒に過去を何度も振り返ってみても
誰からもそんなことを責められてはいないんです。

 

 

何人もこんなことがあって
やっと分かったのが

 

これは
「自分で自分を矯正しようと自分に言い聞かせてきた声」だったんです。

 

 


どういうことかというと


愛着障害のギフテッドの人には

 

近くで見守って話を聞いてくれて
助けてくれる人はいませんでした。

 

人と親密な関係を作ることも無かったので
自分の間違った点を指摘してくれる人もいません。

 

 

それでも

学校や職場などで人生経験を積んでいくと
どこか自分に問題があることに気づきます。

 

健全な家庭で育った健康な心の持ち主を見て
自分は十分ではないということに気づきます。

 

そこから必死に
独学で自分を修正しようとしてきたんですね。

 

 

 

例えば

人を遠巻きに観察したり

人が話していることを耳にしたり

テレビやインターネットや本などで
一般的に正しいと言われている情報を沢山収集して


自分なりに自分を良くしようと努力して
自分に言い聞かせながら生きてきたんですね。

 

 

ギフテッドが独学で自分を良くしようとすると

 

「一般的に普通とされる行動をしなければならない」
「一般的に正しいと思われる人間にならなければならない」

 

こんな方向にいってしまうようなんです。

 

 


先ほど言ったように

 

ギフテッドが独自のやり方で情報収集した
一般的に普通とされること、正しいとされることは

 

誰かに直接聞いたことや
誰かがやって見せてくれたことではありません。

 

情報源は遠い関係の人が言葉で言っているだけのことです。

 

 


どうなるか想像できるでしょうか。


これが悲劇の始まりになるんです。

 

 

 

愛着障害のギフテッドの人が
1人で情報収集してきたことは全て


「人が外に向かって話す綺麗事」なんですね。

 

 

正論を話している人が

 

本当にそうしようと努力しているのか、そうできているのか
本音なのかはわかりませんよね。

 

 


私が愛着障害のギフテッドの人の話を聴いて
戸惑うことが多かったのは

 

「これが普通です」
「これが正しいんです」と言い切る所でした。

 

 


愛着障害のギフテッドの人の言う普通、正しいということは

 

多くの人が建前で言っていることではあるけど
現実ではちっとも普通ではないし正しいことではない・・・

 

そう感じるものばかりでした。

 

 

でもそれを普通で正しいことだと信じている
愛着障害のギフテッドの人は

 

多くの人の建前や綺麗事を自分に言い聞かせながら
頑張って自分を修正しようとしてきてしまう。

 

 


実際には人から理不尽に責められていなくても

 

まるで
自分は出来ていないのに人には言う人から理不尽に責められている

 

そんな状況を自分で生み出してしまっているんですね。

 

こんなふうにして
自分で自分を否定することをやめられないんです。

 

 


私も愛着障害のギフテッドですが

 

私はちょっと特殊な体験をしてきているせいなのか
私の情報収集は「人の生の声」「人の心の奥」でした。

 


そのおかげで
何が綺麗事で何が本音なのかわかり

 

人の建前では無く本音を規範にして
自分を修正してこれたんだと思います。

 

 


まだ愛着障害のギフテッドの人が
自分を責めてしまう理由はあります。

 

 

愛着障害のギフテッドの人は

 

運の良さによって自分が獲得してきたものを
苦労せずに出来てしまうことを

ずるいとみなしてしまいます。

 


多くの人が
運の良さによっても多くのものを獲得しているし
苦労せずに要領よくやっていることも多いことを知らないんですね。

 

 


ギフテッドには

言葉に出来ないしメカニズムを説明できないけれど
答えを導き出せる直感があります。

 


私もそうでした。

 

ギフテッドには人に上手く説明は出来ないけれど
頭の中ではちゃんと筋が通っていて

 

答えだけが出ているもの沢山あります。

 

 

この答えだけで
評価を得たり上手くいったりする部分がが
全てずるい感じがしてしてしまうんですね。

 

私もいまだに
こういったことで苦しんでいるなぁと思います。

 

 


カウンセリングで結果を出す自信はあるのですが


既存の心理療法の何を使っているのか
どういうメカニズムで変化が起きるのか

それを全て説明するのは難しい

 


本当に沢山の情報収集、沢山の技法をつかって
化学変化が起きているようなことを全て説明できない

 

 

だから私は
まぐれでカウンセリングですごい結果を出しているんじゃないかと
自分を疑う期間も長かったんです。

 


でも結果を出し続けているうちに

 

何十人もまぐれが続くはずがない
まぐれだとしても必ず結果が出るならずるいと責めなくていいじゃないか

 

今はそんなふうに思っています。

 

 

それに
世の中の心理療法は完璧に説明できているように見えても
逆に結果を出せていなかったりすると気づいたんです。

 

説明が上手ければ上手いほど評価だけが高くなっていく

 

こっちの方がずるいんじゃないかと思ってしまいます。

 

 


こんなふうに
愛着障害のギフテッドの人は自分を否定しやすいんですが

 

そろそろ
自分の何がいけないのか、何がずるいのか
ゆっくりと検証して

 

まだまだいけない所はあるし、要領の良い所もあるけど

 

世の中の人に比べれば
これくらいで十分じゃないかって安心してほしいんです。

 

 

 

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