逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

強ければいいってもんじゃない


10キロのお米が届いた。

 

さっと受け取ろうとすると

焦ったように宅配便のお兄さん「あっ重いですよ。そこに置きますから」

 

 


にやにや・・・

 

 


ほう。10キロを重たいと感じる、か弱い女性に見えたのかい。

 

20キロのダンベルを両手に持ち、40キロを持ってスクワットしてる私なんですよ。

でもか弱い女性扱いされるのはやぶさかではない。

 

 

 

「あっすみませ~ん。お願いします。ありがとうございますぅ」

なんて頼り切ってみる。

 

 

 

にやにや・・・

 

 


異常者。笑

 

 

いやね、私って本当に弱い扱いをされずに生きてきたものだから、こういうシチュエーションにめっぽう弱い。

 

 


小学校低学年にさかのぼる。

 


この頃の年代は、男子は女子をいじめる、男子がズルをして女子がヤイヤイ言う、みたいな男子と女子の対立がよくある。


そして女の子のほうが泣いてしまうっていうのもあるある。

 

 

私はなぜか、「女子を守らなければ」と使命感を持っていた。

 

 

はじまりはよく覚えていない。


覚えているのは、いつも女子は私を盾にして後ろからヤイヤイ言うとか、「みゆちゃん言ってやって」と私は別に言いたいこと無いんだけど女子たちの不満を代弁させられるとか、女子がいじめられてると私の怒濤の口撃で守るとか、そんな場面ばかり。

 


男子の反撃にあって「おとこおんな!」「お前キモいんだよ!」「ブスのくせに」なんて言われてズタズタになっても、盾にした女子たちは私のために応戦してくれることも、あとで慰めてくれることもない。

 


それも当たり前。


強い私は弱い者を守るのは当たり前なんだから、自分は助けてもらえないのも、感謝されないのも当然のこと・・・そんな思考だった。

 

 

 

いじめに遭っている子にも同じ。

 

自分一人でもその子をかばう。決して一人にはしない。
その子にも問題があって嫌なことを私にするけども、決して見捨てない。

 


そしていつのまにか、いじめられてた子がいじめる側の子について私が一人になるなんてことも。


今冷静に考えれば酷い話だけど「弱い子は仕方ない」と思って一人で耐えてたな。

 

 


友人やパートナーも何故かマザコンな子が多くて、甘えてくるし負担をかけてくる子が多かった。

 

 

例えば

自分で人に対して言いたいことを言えないから私に言わせる。

そしてその人が私に嫌な感情を抱き、私が悪者になる。

 


精神的に弱いから、不機嫌だったり落ち込んでいたりと自分で気分の切り替えが出来ないから私が慰めて励まして盛り上げて、その子が日々平穏に過ごすために頑張る。


自分で考えたり選択したり出来ないから、すべて私に委ねる。もしそれが悪い結果になればすべて私のせいにする。


彼氏も「守ってやる」なんてことはなく、外では男らしくしていても私の前では「ママ~」って感じで全面的に甘えまくる。

 

私が38℃とか熱を出していても「疲れた〜」とか「これどうしたらいい?」とか私の心配せずに頼ってくる。

 

 

 

こういうことも「自分は強いから当たり前」と思ってた。

 

 

 

本当に多くの人に

 


「あなたは強い」
「一人でも生きていけそう」
「あなたみたいな人は弱い人の気持ちはわからない」

 


なんて何度も言われてきた。

今思うとなんてひどい言い草。

 


いや、ほんとは余裕なんて無くてさ、いつも歯を食いしばってギリギリで頑張ってたんだよ。 


私が抱えてる家庭の事情を考えれば、本当は私の方が助けてもらわなきゃいけない子だったよ。

 

 

大人になってからも「弱い者は私が守らなければならない」みたいな信念はこびりついてた。いや今もあるな。

 

 

だからたまーに私を弱いものとして扱ってもらえると異常に喜んじゃう。

 

 


歴代のパートナーも稀に私を守るような仕草をすることがあった。

 

車の急ブレーキの時に体を押さえてくれたり、道に虫の死骸があったりしたときに私が苦手なのを知ってるから「見ないで」と目を押さえてくれたり。

 

 

うん。これだけ・・・
いまだにこのシーンが嬉しすぎて回想しちゃうもん。

 

 

 

私みたいに誰かを守ろうといつも気を張ってる人は、たまには頼れる場所や甘えられる場所がないとダメ。

 


だってずっと交感神経優位な状態でヘロヘロよ。

 

 

自分は強いから

自分は男だから

自分以外の人は力がないから

自分がやらなければ

 


そう頑張るのはすごい。誇りに思っていい。

 


でもね、そろそろ自分も人に頼っていかないと自律神経ヘロヘロで鬱を繰り返すようになるよ。

 

 

使命感もわかる。責任感もわかる。プライドもわかる。

 

 

でも残りの人生、自分を壊さないで全うしなきゃいけないんだから、無力を認めて恥をしのんで頼れる場所をつくらなきゃいけない。

 

 

一方で、守られてばかり、頼ってばかり、自分の力を振り絞ったことが無い人も問題が起こる。

 

本当は力があっても使わなければ力は衰えていく。
人の力に頼ってばかり、ほどほどの力しか出さないでいるばかりだと交感神経が弱々になる。


ここらで「自分でやってやる」「弱いもののために頑張る」そんな気持ちで一念発起してみてほしい。

 

自分の知らなかった自分の強さ、はじめて内側からエネルギーがわいてくる感覚がわかるはず。

 

 

強いばかりでもダメ、弱いばかりでもダメ。

 

自分の強さも弱さも両方を大事にしていくことで、心と体のバランスがとれるようになる。

 

 

私ももう少し、自分の弱さを大事にしていきたいな。

 

 

といいながら今日も40キロで筋トレしとります。