逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝63 敵の懐に入る私

 


「最初は嫌われていても長く時間を過ごせばみんな私を好きになる」


私にはこんな傲慢な思い込みがある。

これはこのホステス時代の経験で出来上がった確固たる信念なんだろうな。

 


変わらず女の子たちにはイジメを受けていたが、ある時から風向きが変わってきた。

 

イジメを受けていても、騒ぎ立てることもなく毎日淡々と働く私。

 

 

私はいつでも今自分がやれることを探して全力でやるのが好きだった。


人はそれを健気だとか偉いすごいと感嘆してくれたりする。
ありがたいけど実のところは、そうしていないと不安に飲み込まれてしまいそうになるし、自分の不幸な境遇に気づいて動けなくなってしまうから、ただ私なりのライフハックだった。

 


前回話したように、私はブスでスタイルが悪くお酒を一滴も飲まないという最悪なホステス。

 

でも今は住む場所を確保するため、ホステスをやめるわけにはいかない。

お情けで働かせてもらって、お店に迷惑をかけるなんて耐えられないし、私のプライドが許さない。


私の持てる力を全て使って、何とかお店に貢献しなければと必死だった。

幸いなことに私は話上手だったし、お客さまの気分を良くするのが得意だったし、愚痴や弱音を聞き出すのが上手だった。


そのおかげで本当に少しずつだけど指名のお客さまも出来てきた。

 


このときは本当に嬉しかった!
若くて可愛い子目当てで来ているお客さまが、高いお金を払ってわざわざ私を選ぶ理由なんてないと諦めていたから。


他の女の子は若くて可愛くてスタイルも良くて、座れば指名が入るのが当たり前。
指名が入らないと怒るくらい、みんな自分の魅力に自信があった。
女の子は高飛車なくらいがここのお店の高級な雰囲気ともあっていてちょうどいい感じもする。


私は自分がここでは選ばれないはずの人間だと分かっていたから、指名が嬉しくて馬鹿みたいに「ありがとう!」と全身で感謝を表現して喜んだ。
そんな姿を見てお客さまは「大げさだよ」って笑う。

 

でも笑いながらも、お客さまも「そんなに喜んでくれると指名しがいがある」って喜んでくれることも多かった。

 

 


ヘルプにつけば、その本指名の女の子の良いエピソードをお客さんに話して良いところを褒めまくった。

 

指名をして通っても女の子が自分に振り向いてくれないフラストレーションを恋愛相談のように聞いてあげて、お客さんのガス抜きをして女の子の負担が減るようにしてあげる。

 


本指名の子プラス私も場内指名が入れば、本指名の女の子とお客さんの倦怠期を感じさせないように自虐して馬鹿話をして盛り上げて楽しませる。

 


長い指名で女の子が遠慮がなくなって、お客様とケンカのような雰囲気になれば「好きだと甘えちゃうとこありますよね」とか「○○ちゃんがこんなにリラックスしてるのはこの席だけですよ」とか「○○ちゃん、お客様が来たとわかると急に機嫌が良くなって嬉しそうにするんですよ」とか嘘を交えつつ、なんとか本指名が続くよう協力する。

 

 

ホステスの女の子は自分のプライドとか、時給のために自分の本指名を取るのに必死だし、ヘルプや場内指名は力を抜いて時間が過ぎるのを待つのが普通だ。

 

私のように、仲良しの子でも無い、ましてや自分を虐めている子のためにこんなに仕事をする子なんていない。

 

私はただ仕事を全力でやりたかっただけなんだけど。

 

 


私の行動を、女の子たちは最初「何?なんなの?」と不思議そうに裏があるんじゃと怖がってたみたい。

 

でも毎日ただ一生懸命に働いている私の姿を見ているうちに、他意はない、ただ馬鹿みたいに一生懸命な変な子なんだなと伝わっていった。

 

 

そのうちに「ありがとう助かった」とお礼を言ってくれる子や、お礼と言ってコーヒーやお菓子を差し入れてくれる子が出てきて、自然とイジメをやめて話しかけてくれるこの方が多数になった。

 

 

こういうことが人生でよくあったな。
敵が手のひらを返したように味方になる。

 

敵に塩を送るみたいなことをいつもしていた。

 

とにかく目の前の人のために尽くしてしまう。それが自分を酷い目に合わせた相手でも。
自分が人の役に立てることは全力でやる。

 

 

あとは、私はプライドは高いけど、生き残るために無駄な場所ではどこまでもプライドを捨てて必死になれる。

 

みっともないほど健気で一生懸命な姿は、笑われはするものの敵は作らないし、人の心を打っていつのまにか味方が増えていたりする。

 

 

心が回復した今は、ここまで酷くないけどやっぱり私はお人好しで面倒なことも引き受けるし、人のために力を使ってしまうところがある。

馬鹿だなぁと思うけど、ここが私が私自身を大好きなところでもある。

 


こうして半年、住まいを確保して、仕事も相変わらず「ブス」と言われることはあるけど本指名のお客さまには愛され、仲の良い女の子もでき、安心して仕事が出来るようになってきた。
やっと少しの安心を手に入れた。

 


・・・しかしここで事件が起こる。

 

やっぱり私の人生、平穏無事は長く続かない。

 


疲れ果てて帰宅した朝。
寮のアパートに明らかに人が入った形跡が。


なぜかお金は取られていなかったけど、出かけたとき開けっぱなしのクローゼットがしまっていたり、リモコンの位置が変わっていたり、トイレを使った形跡があったり・・・


キャバクラの寮だったから、鍵は男性スタッフが持っていて居留守は使えないと女の子に聞いていた。
だからいつも誰か侵入するかもと用心してた。

 

泥棒ではない。男性スタッフの誰かが侵入している。

怖い。急に寮の怖さを実感した。
夜中に侵入してきて何かされるかもしれない。


ここにはいられない。
せっかくの安息の地を得たけれど、寮は危険すぎる。

 

これまでとにかく雨風をしのげればいいとしか考えられなかった。
今は落ち着いて働けるようになり、少しの安心を得て、やっと自分の身の安全まで考えられるようになってきたのだ。


次はどうしようか・・・

また新たな身の振り方を考えなければ。
キャバクラの寮がダメなら保証人がいない私はどうしたら?


怖くて仕方が無い状況でも、怖いといって立ちすくんではいられない。
いつでもこうやって前に進むしかなかった。