逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝38 裏表が激しい私

中学時代は
外側から見れば上手くやれていた。

 

でも愛着障害や発達障害があった私がいきなり上手くやれているということは
感情のコントロールが悪く

不快刺激を感じやすく

パニックになりやすく

周囲に合わせるのが難しい…

そんな沢山のハンデを持った自分を隠している、無くしているということだ。

 


小学校時代は
これまで書いてきたように
大変なストレスに晒され続け、相当な心の負担がかかっていた。 

 

 

中学時代は
それが少し和らいだというのに
感情があまり感じられない、自分が全く分からない、自分が居なくなるという
新たな心の負担が現れた。

 

 

 

学級委員としてリーダーシップを発揮した。

 


多分私は

元々目立ちたがり屋でリーダー気質があったのだと思う。

 

でもこの時の私の状態の悪さ、幼稚さでリーダーを務めることは

あまりに無理があったのだ。

 


本当は自信が全く無く、人の評価が気になって仕方が無い。
ちょっとでもクラスの皆が話を聞いてくれない態度が見えれば
ちょっとでも私の意見に反対があれば
すぐにガラスの自信は砕け散り、いつもその場で泣きだしたくなった。

 

崩れてはいけない。強そうに見せなければいけないと思った。
自分を奮い立たせ

正義感を振りかざして注意し、理路整然と強く意見を展開した。

 


本当は自信が全く無く、とにかく緊張しやすくて声や体が震える。
何度もクラスの皆の前で1人で立ち、大きな声を出し、流暢に話し
大勢をまとめなければならなかった。
全校生徒の前に立たなければならないこともあった。

 

緊張しているなんて誰にも言えなかった。

少しでも人に弱みを見せたら終わりだ、前のグズな自分が戻ってくると恐れていた。
毎度倒れそうなほどの緊張を感じながら、何事もないように見せ、やりきった。

 


愛着障害や発達障害の特徴に加え、ストレス状態が続いていたせいで

我慢が全く利かない感覚が強かった。

 

学級会などの話し合いの場で
あまり生産的ではなくやる気も無くダラダラとした話し合いが大嫌いだった。

何故こんな無駄な時間を過ごさなければいけないのかと怒りが湧き上がってくる。
今にも机をひっくり返したくなるような衝動を抑えるのが大変だった。

 

現状でやっとのことで折り合いをつけたアイデアに

ただ何も考えずに文句ばかり沢山言い自分では何もアイデアを出さずに

非協力的な態度を取るクラスメイトが大嫌いだった。

上手くやろうとしている私の邪魔をしてくる存在が許せなかった。
小学校時代のように殴りかかりたい衝動を抑えるのが大変だった。

 

文化祭などの出し物を決める時
あまり面白くも無ければ合理的でも無いアイディアばかりが出され

それをその時の空気や、出した人の人柄で評価が高くなるのが耐えられなかった。
ダメ出しや不満を沢山言いたかった。

最終的に私のアイデアが採用されることが多かったから

最初から全部私に1人で決めさせて欲しいと思っていた。
こんなふうに自分勝手な考えが頭を占めていながらも

ずっと静かに頷き聞き続けるのは本当に大変だった。

 


それでも私は
冷静で強く大人びていて器が大きい・・・
そんな自分を演出して何も表に出さなかった。

 

 

 

小学校時代とは違い、皆が急に大人びていく中学時代。
そんな皆の中で浮かないよう、置いて行かれないように振る舞い続けた。

 

元々、背伸びをすることは好きだった。
でも心が子どものままで、環境の変化が苦手だった私には負荷が大きかった。

 

とにかくカッコつけるしかないと思っていた。
馬鹿みたいに素直に楽しんで感情を露わにしたら笑われるんじゃないか
恰好も言動も大人っぽくオシャレでなければ笑われるんじゃないかと恐れていた。

 


本当は友人と仲良く遊んでいる瞬間に
「楽しいね」「嬉しいな」「大好き」・・・
そんな温かい気持ちが湧き上がっているのに

 

ブラックジョークを言ったり友人に上から突っ込みを入れたりして
カッコつけてクールぶった。

 


「それすごいね!」「面白い!」「何それ教えて!」・・・
そんなワクワクとした好奇心が湧き上がってきているのに

 

友人を認めるのは負けでカッコ悪い気がして
知らないことを知られたら馬鹿にされる気がして
「へぇ」「そうなんだ」「ふーん」と
クールぶって空気をつまらなくすることしか出来なかった。

 


男の子に告白されれば
本当は自分に自信が無くて
自分なんかが好かれるなんてあり得ないと思って
「うそでしょ」「ほんとに?」「どうしよう」なんて飛び上がりそうなのに

 

そんなのはカッコ悪いと思って
「まただよ」「私は好きじゃない」「めんどいけど相手してくる」なんて
クールぶって良い女ぶって人を馬鹿にした態度しか取れなかった。

 

 

 

そんなふうにいつもいつも
どうやって大人っぽく見せて周りに置いて行かれないようにするか
そればっかり考えていた。

 

それが何故か

置いていかれないように演じていた私が
みんなに「大人っぽい」と言われるようになった。

 

いつも必死でギリギリで何とか切り抜けている私が
みんなに「余裕だね」「出来る人は違う」と言われるようになった。

 


私は嘘の私なのに。
いつもギリギリでまぐれで切り抜けているだけなのに。
本当の私は幼稚でグズで何にも出来ないのに。
何にも知らないくせに。

 

そう一人で心の中で嘆き、悔しがり、毒づくしかなかった。

 


みんなは無邪気なままで、ちゃんと心を成長をさせているようで
みんなはリラックスして本来の力で何でもやり遂げているようで
自然と成長して大人の言動を身につけているのが日に日に分かってくる。

 

それを毎日肌で感じる恐ろしさ、焦りは大変なもので

いつも胸は重苦しく、背筋がひんやりとして、動悸がして、涙が溢れそうだった。

 


そしてまた
もっともっと大人風に見せなければと
自分のことをほんの少しも出せなくなっていった。

 

どんどん心を閉ざしていった。
自分以外の人間を信じられなくなっていった。

 

 

 

今はこうやって当時の気持ちを言葉にすることが出来ているから
何とか落ち着いているように見えるけれど

 

当時は全く言葉になっていなかったのだ。

いつも心の中では混乱しパニックだった。

 


自分の中の言葉にならない沢山の感情が渦巻いている。
その大きな大きな感情が吹き出しそうになるのをギリギリで押さえていた。
それはいつも震えやどもり、顔の引きつりという形で現れていた。

 

そんな場面を多く思い出す。
そんな自分が何なのか、自分に何が起こっているのか分からなくて
当時は自分のことが怖くて仕方が無かった。

 


自分は必死に背伸びをしないと置いて行かれると
本当の子どもの自分を隠して、嘘の自分を演出していただけだった。

 

でも結果として
人を上から目線で見るようになり
カッコばかり気にして表面的なことばかりにこだわり
偉そうな気持ちばかり持つようになって
ただの嫌な奴になっていった。

 


内面の自分と外に現れている自分の大きな大きなギャップに途方にくれる。
表と裏がある、自分を隠さなければならない後ろめたい人間・・・
とにかく自分を汚いと嫌悪していた。

 


そんなふうに
自分のことが分からなくて
自分のことが怖くて大嫌いで
誰にも自分の本当の姿を少しも見せられない
誰も信用できない・・・

 


そんな苦しみの中にいた私は
もともと苦手だった友人関係にもっと苦労することになった。