逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝㉞反抗的な私

中学生になって
自分を出すことが出来なくなったことで
私の中にはどこにも行きようがない

怒りに似た感情が溜まっていた。

 


そんなことは全く分かっていなかった。
むしろ今までの人生で一番良い状況だと思っていた。

 

まるで生まれ変わったかのように
人からの評価が高くなり扱いが変わったのだ。

 

 

 

 
衝動的な行動をとった後しばらくは

恐ろしいものに接するように、腫れ物に触るようにされる。
よそよそしい態度をとられる。
鼻で笑われるようにあしらわれる。

 

衝動的な行動をとる自分は
人として扱われていないと感じていた。

 

 

 

それが衝動的な行動をとらなくなったら

 

人は安定して私に接してくれるようになった。
普通に人として敬意を払われるようになった。

 


ただ自分を出せないだけなのに
落ち着きがある、大人っぽいと
友人に一目置かれたり
男の子にもてるようになったりした。

 

 

 

私はすぐに感情的になって
声を荒げたり泣いたり大げさに表現したりして
自分が思っていることを上手く伝えられなかった。

 

いつもあしらわれ
誰にも聞いてもらえず悔しい思いをしていた。

 


それが感情を無くし、淡々と話すようになったら
話す内容に感心されるようになった。
皆が私の話を求めてくるようになった。

 


以前と話している内容は同じなのに
ただ感情を無くしただけで
人は興味深く聞いてくれて感心してくれるようになった。

 

 

 

私はいつも色んなことが気になって
色んなことが頭の中に浮かんで考えこんでしまっていた。

 

気が散って、途中で放り投げてしまったり、やることのクオリティがバラバラだった。
出来るときは出来てしまうから、期待して任せられると
いつも期待を裏切るような結果になった。
信用して任せられなくなった。

 


それが感覚が麻痺している状態になったら
与えられた課題以外は目に入らなくなり
何が何でも目的を達成することしか考えられなくなった。

 

目の前のこと以外は無責任に切り捨て放置しているのに
急に有能だと思われリーダーにされるようになった。

 

 

 


あれだけ馬鹿にされて疎まれて
自尊心が地まで落ちていた私が

 

衝動を無くし、感情を無くし、感覚を麻痺させて生きたら
以前と比較するとむしろ楽をしているのに
一気に評価が上がったのだ。

 


驚きだった。

 

急激な変化に
混乱しながらも私はこんな答えを導き出した。

 


これが正解なんだ。
こんな簡単なことで良いんだ。

 

私自体は何も変わっていないのに
自分を出さないだけで人からの評価は上がるんだ。

 


そう確信してしまったのだ。

 

 

 

そうして
どんどん自分を出せなくなっていった。

 


「人からの高い評価が欲しい」
「失望されたくない」

 

だから
もっともっと自分をしまい込まないといけない。

 

 

 


<自叙伝㉞本当の自分を出せない私>
で書いたように
言葉にならないフラストレーションがはちきれんばかりに溜まっていった。

 

 

 


生まれつき
大きなマグマのようなエネルギーを持った私が
自分を出せなくなってしまったら
どこかに不具合が出るのは当然のことだったのかもしれない。

 

 

 

いくら怒りが溜まっても
家では養父母には絶対服従である。

 

友人に少しでも漏らしてしまったら
学校での居場所がなくなる。

 

そして
私が選んだ矛先は教師だった。

 

 

 


私はもともとルールが嫌いだった。
権力が嫌いだった。
大人の言動の不一致が許せなかった。

 


その頃

私にとって教師は
私が嫌いなものを理不尽に押しつけてくる存在で
言動が不一致で権力に従う汚い存在だった。

 


もちろん
今はそうではないと分かっている。

 

大人ならば、そうならざるを得ない部分がある。
教師は少しばかりその部分が強調されているだけかもしれない。

 


私が怒りをぶつけた教師以外は良い教師だっていた。

 


この頃の私は
自分の大きな感情で混乱していて
現実がほとんど見えていなかった。
自分の思いでしか世界を見ようとしていなかった。

 

 

 

この頃は
「教師が絶対」という時代だったと思う。

 

生徒も親も、教師には何も言えない。
教師の言葉がその生徒の価値を決める。
そんな雰囲気があった。

 


だから
いわゆるヤンキーと呼ばれる生徒以外は
教師に対してほんの少しも反抗的な態度を見せないのが普通だった。

 


その時代に
真面目で控えめな学級委員の私が
派手に反抗していた。
とても妙な存在だったと思う。

 

ヤンキーであれば派手に反抗をしても

なんだかんだ仲良く先生と話していたりする。


どこか可愛い部分や弱い部分、人なつっこい部分が見えて
先生も「しょうがないやつだ」と思えるところがあるのだろう。

 

 

 

私が反抗的な態度を見せるときは
まっすぐに教師を見据え淡々と理詰めで反抗する。

 

おぉ恐ろしい。

なんて嫌な子どもだろう。

 

こんな態度をとっていたら教師に疎まれて当然だ。

 

 

 

ただ難癖をつけて
何もかもに反抗したい訳ではなかった。

 

自分が理解できることであれば
ちゃんと従いたいという気持ちはあった。

 

 

 

私にとって教師の言動は

理解できないことだらけで理不尽としか思えないことだらけだった。

感情によって言っていることを変えたり態度を変えたりして
教師の不正ばかり見えて尊敬できなかった。

 


明らかに生徒によって接し方が違う先生。

 

自分の機嫌によって叱る基準や叱る強度が違う先生。

 

以前言ったことを忘れていて全く違うことを言う先生。

 

自分の間違えを認めずごまかす先生。

 

 

 

尊敬しなければいけない教師のこんな姿を本当はもう見たくも無い。
それなのに毎日毎日見えてしまう。

 

教師は絶対正しいはずなのだから

自分の感覚が変なんだと強い力で押さえ込むけれど
自分の目が確かであるという証拠が日々増えていく。

 


そうするとその気持ちが
どんどん
表情や反抗的な態度になってあらわれてくる。

 


そんな態度をとる私に対して

そのような教師は攻撃をしかけてくる。

 

 


私を叱ろうと思えばいくらでも叱る部分はある。

 

忘れ物が多く宿題をやらない。
授業中のおしゃべり、ノートをとらない。
勉強もあまり出来ない。

 


他の生徒にはしないのに
大げさに忘れ物チェックや宿題チェックをして
みんなの前で見せしめにする。

 

授業中の私の動向をチェックしたり
わざと私ばかり指したりする。

 


これらは私の被害妄想では無く
周囲の生徒も気づくぐらいあからさまだった。

 

 

 

これが何度も繰り返されるうちに
私の我慢が限界を迎える。

 


理不尽に叱られた瞬間
見せしめにされた瞬間

 

目の前の教師をまっすぐ見つめて

 

「何故、同じ事をしても叱られる生徒と叱られない生徒がいるんですか」
「何故、同じ事をしても叱ったり叱らなかったりするんですか」

 

「先生はあの時ああ言ってましたよね。何故言っていることが変わるんですか」

 

「先生はあの時とこの時、間違っていましたね。」

 

 


溜まりに溜まっていた気持ちを吐き出す。

 

なんとも言えない快楽だった。

 


苦しい思いが解き放たれるような
悪を成敗したカタルシスのような。

 

 

この時代に教師にものを申すなんて
本当に大変なことをしでかしているのも分かっている。


こんなことが養父母に知れたら私はどうなるか分からない。

 

それでももう言わずにはいられなかった。

 

気持ちの中ではもう死んでもいいぐらいの

自傷行為のような感覚があった。

 


この常軌を逸した、鬼気迫る私の反抗を受ける教師は
本当に怖かっただろうなと思う。

 

 

 

生徒に言い返されるという

とんでもない恥をかかされた先生は一様に
「出てけ!」と言った。

 


私は本当に出て行く。

 


だいたいは広い校庭を校門まで歩いて行くところで捕獲される。

 

本当に出て行かれても学校側は困るのだろう。

 


他にも
その教師がすぐに追いかけてくるパターンもあった。
戻らせようとするとか、なだめるとかではない。

 


生徒の目も他の先生の目もない場所で

 

「大人をなめるんじゃないぞ」
「お前はろくな大人にならない」
「ちょっとぐらい頭がいいからって調子にのるな。お前みたいな人間は社会でやっていけない」

 

こんなふうに言われたのだ。


信じられないことだが

見えないところで本当に私は何度もこんなふうに言われている。

 

 

 

この後の対応も
私が教師への不信感を募らせるものだった。

 


必ず職員室に呼ばれる。
決して2人で話そうとはしない。

 

他の教師もその教師に加勢してくるように私を囲む。

 

 


「ただ出てけと言って悪かった」
「でも竹田があんなふうにしたら他の生徒の勉強の邪魔になるだろう」
「学校は勉強をしにくるところだろう。宿題はやらないと」

 

 

いつもの私に対する威嚇の声とは全く違う気持ちの悪い猫なで声で言う。


まるで悪いのは頭のおかしい私だけで
教師は私が周囲に迷惑をかけていることを阻止しようとして

今回の問題が起きたのだと言わんばかりだ。

それを職員室の先生全員にしらしめようとしている。

 


ここで私が逆らったら
その教師の言っていることを正しいと認めさせることになる。

 

ここで何も言わずに私がうなずけば
とりあえず問題は解決したことになる。

 


どうやってもその教師の勝利なのだ。

 

 

 

このようなことを私は
3人の先生と繰り返した。

 

 

 

今なら分かる。
私に原因があると。

 

これを引き起こしたのは私なのだ。

 


自己愛が高い人のプライドを傷つければ攻撃をされる。

心理学を学んだ今なら

馬鹿なことをしたとわかる。

 

また後で書くことになると思うが
私はこのようなことを大人になってもやっていて
自己愛が高い人に対して正義感でぶつかりに行き

いつも権力のある人の攻撃の対象になっていたのだ。

 


どう考えてもおかしな行動だった。

馬鹿だったけれど
多分私には抑えることは出来なかった。

 

 

公平でなく、一貫性のない教師が

自己愛の高い養父と重なって

私は許せなかったのだと思う。

 

養父に向けられない怒りをぶつけていたのだと思う。

 

 


本当に馬鹿だったけれど
この経験が、弱かった私を変えてくれた。

 

誰も守ってくれないけれど

自分を守るために強敵と戦った。

 

それから自分を信じる力が生まれた。

自分の信念を曲げるぐらいなら

捨て身で戦おうという強さが生まれた。

 

もちろん

これもいい信念とは言えないものだが

私のこの先の過酷な人生で生き残るためには

なくてはならないものだった。