逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝㉚様々な友人と仲良くなる私


小学校4年生の終わり頃
あすかちゃんと入れ替わるように
のりこちゃんという近所の子と仲良くなった。

 

のりこちゃんも転校生だ。

 


こうやって思い返してみると気づくことがある。

 


私は転校生と仲良くなることが多かった。

 

多かったというより
転校生とは必ず仲良くなっていたと思う。

 


みんなが転校生に対して恥ずかしがっているときに
なんの躊躇も無く
一番始めに話しかけにいくことができるのが私だった。

 

転校生と仲良くなる理由は
きっとそれだけではない。

 


転校生には私の悪い部分が見られていないから
私は無意識に転校生に近づいていったんだと思う。

 


これまで書いてきたように
ずっと一緒に学校で過ごしてきた人は
私を全部見ている。

 

明るく楽しく人懐こくリーダーシップがある所
感情的で衝動的な所
こだわりが強く付き合いづらい所
急に陰気で鈍臭くなる所・・・

 


良いところを超えて悪いところがある私に対して
少しずつ怖がるようになり嫌がるようになり
距離をとるようになる。

 


「距離をとられる」

 

この言葉がしっくりくる。

 


私は
嫌われたりはじかれたりして
ずっと一人でポツンといることはほとんど無かった。

 

ちゃんと嫌ってもくれず
どっちつかずで
ただいつも場面場面で距離を置かれるのだ。

 


だから
私がどれだけ友人との関係で苦しんできたか
説明が難しかった。

 

友人との思い出話は沢山あるし
写真ではいつも中心で笑っているから
小さい頃に友人関係に苦労したと言っても理解されない。

 


学校の行事や大勢で遊ぶ時などは

 

・エネルギッシュで明るく面白い
・こだわりの強さで良い仕事をする

 

そんな私の良いところが発揮されるので
私が求められる。

 

求められるというより都合良く使われている感じだ。

 


ただ淡々と過ごす日常や
少人数で他愛のない話をする時は

 

なんとなく嫌そうな態度を取られ
私はその場で浮いて、所在ない気持ちになる。

 

普段ずっと一緒にいるホームのような
特定の仲間を作ることがいつも難しかった。

 


いつもとりあえずはどこかに所属していたけれど
いつも無理をしていたし
いつも浮いていた。

 

だから色んなグループに顔を出して仲良くしていた。

 

それを好意的に取られて
「みゆちゃんは誰とでも仲良くできる」
と言われたこともあるけれど

 

本当はどこにも居場所が無かったのだ。

 


そして集団だとみんな私に対して苦言を言う。

 

「みゆちゃんといると疲れる」と
よく言われていたのを思い出す。

 

この言葉は
何人の友人に言われてきたか分からない。

 


ずっと私の自分自身のイメージは

 

人を恐怖させる人間
人を疲れさせる人間で

 

つまり私は
「人に害しか与えない人間」だった。

 

心から自分のことをそう思い込んでいた。

 


これも今となっては
そうではなかったんだなぁと思う。

 


それは10年来の友人達が
私の個性をプラスの言葉にして説明してくれたおかげだ。

 

「みゆはいつもエネルギッシュだから自分が元気なときは最高だけど
 疲労していると疲れるみたい」

 

「みゆは頭の回転が速くて面白くて興奮するけど
 会話のスピードや情報量が多すぎて処理しきれないから長時間は話せない」

 

「みゆと話しているとこの人はすごいなぁっていつも思う。
 自分に自信が無いときは劣等感にさいなまれる。
 自分の問題なんだけどね」

 


こう言ってくれた。

 


小さい頃から

 

自分はありあまるエネルギーの使い方が分からなかった。
人との会話のスピードが合わなくて苦労していた。
馬鹿で鈍臭いと思われるけれど出来ることは人並み外れて出来た。

 

これは私の個性であり
人に害を与えるものではなかった。

 

私も悪くないし、人も悪くなかったのだ。

 


今だからこんなふうに言えるが
当時は本当に友人関係に苦労したのだ。

 

 

 

集団の友人関係が難しかった私は
自分を理解してくれる一人の子をいつも求めていたと思う。

 

私にとっては
一緒に過ごす時間が長い子がそうだった。

 


だから
いつも近所の子と仲良くなったのかもしれない。

 


登下校が一緒になると二人きりで時間を沢山過ごすことになる。

 

出席番号が近い人と必ず仲良くなることも
同じ理由だったんだと思う。

 

一緒の時間を沢山過ごした人に懐いていく癖があった。
これはASDの傾向によるものかもしれない。

 

仲良くなると言うより懐くという言葉がふさわしい気がする。

 


思い出すと
いつも特定の誰か一人に深く心酔していた。

 

4年生 あすかちゃん
5年生 のりこちゃん
6年生 ひろこちゃん
中1  ゆかりちゃん→みやこちゃん
中2  かよちゃん→ともこちゃん→なおちゃん
中3  ちえちゃん→るみちゃん
高1  れいこちゃん 

 

この先もずっと続く・・・

 


何年も継続してずっと仲良くすることは出来なかったけれど
短期間では本当にいつも一緒に居てすごく仲良くしていた。

 


そうやって一時期に一人の子に心酔するから
私はいつも仲良くする子の影響を強く受けた。
キャラクターが大きく変わる。

 

我ながら本当に単純で面白い。

 


4年生の頃
あすかちゃんの影響で私は明るく朗らかだった。

 

5年生の時は
お金持ちでお嬢様の破天荒なのりこちゃんの影響で悪いことを沢山した。

 


6年生の時
塾の娘で大人びたひろこちゃんは
明るく頭の回転が速く、大人の前でだけ完璧に良い子を演じる。
でも私と居るときは大人に対して皮肉を沢山言っていた。

 

私はその影響で
表面的には知的で優等生のような雰囲気になったが
皮肉というものを覚えた。

 


中1の時
苦労の多いゆかりちゃんは
明るくしているけれど陰があった。
ちょっと本来の私と似ていたから一緒に居て楽だった。
自分の闇の部分が深くなった。

 

オタクでヤンキーのみやこちゃんは
本当はオタクで優しく面白いのに家庭が複雑でヤンキーになっていった。
髪が金髪のみやこちゃんとアニメのキャラクターの話をするのが面白かった。
私はアニメを好きになり、スカートを長くし、カバンをつぶした。

 


中2の時
本気のヤンキーのともこちゃんは
子どもっぽくて面白いところもあるのに
ヤンキーの男子と話している内容は大人すぎて異次元のようだった。

 

窃盗の話や鑑別所の話、セックスの話、知らない話は面白かった。
私は5年生の時に「悪いことはやめよう」と決めたので
悪い影響はあまり受けなかったが
ともこちゃんの反社会的な言動に本来の私の気質が刺激され
教師に激しく反抗するようになった。

 


バンドに熱中しているかりあげのかよちゃんは
周りに流されないオシャレがかっこよかった。

 

音楽の知識が豊富で周囲が光ゲンジ、チェッカーズBOOWYにはまっているときに
イカ天バンドのことを教えてくれた。
他の人が知らない音楽のことを知っている自分がかっこいいような気がしていた。

 


教師の娘のなおちゃんは
おとなしいけれど私には辛辣なことを言う子だった。

 

衝動的な所やこだわりが強い所をいさめてくる。
だけど私の面白い所はよく笑ってくれるし
リーダーシップがある所を尊敬してくれていた。
だからむかつくけど一緒にいたいと思っていた。
なおちゃんの影響で私は少しだけ衝動がマシになり礼儀正しくなった。

 


中3の時は
ハーフのような華やかな顔立ちでお笑い系で男の子にモテるちえちゃん。
いつも明るく楽しい空気しか出さない子だった。

 

口を開けば冗談しか言わない。いつもふざけていた。
真剣なのは恋愛の話だけ。

 

ちえちゃんの影響で面白いことや恋愛の話だけでも
いきいきと出来ればいいのかもしれないと思えた。
人生の闇の部分から目をそむけることの重要性を学んだ。
物事を重くとらえすぎずに冗談を言うようになって
男性にモテようモテようとするようになった。

 

 

 

思い返してみると

 

私は1人の友人とずっと居られなかったから
同じようなキャラクターの友人に満足しなかったから
深く懐いていくことしか出来なかったから

 

こうして沢山の影響を受けて
私という複雑な人間が形成できたのかも知れない。