逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝㉖いつも聞き役になる私

私が身につけた特殊能力はまだある。

  

私に接すると
普通なら話しづらいはずの愚痴や弱音や本音などを

多くの人が話し出すのだ。

 

これは
私が人に信頼されているとか好かれているとか
人の話を聴くスキルがあるとかではない。

 


心の病を抱えていた頃の
「人が私に愚痴や弱音を本音を話したくなる」理由は
養父母のルールに従ううちに身につけた
「変」な特殊能力だと思う。

 

 

 

私は養父母のカウンセラーみたいなものだった。

 


養父母には友人がいない。

 

夫婦でも
お互いが自分の話を聴いて欲しいので
お互いに相手の話をあまり聴かない。

 


だから
吐き出す相手は私だ。

 


私には何を言ってもいいと思っているから
感情を露わにするし
ひどい言葉も使う。

 

私にはいつまでも話して良いと思っているから
何時間でも気が済むまで話を聴かせる。

 

子どもだから
何も分かっていないと思い込んでいるから
自分に非があることでも自分の都合の良いように話を変えて
自分は悪くないと主張できる。

 


こんなに都合のいいカウンセラーはいない。

 

 

 

養父母が誰かの悪口を話すのを聴くのが嫌だった。

私も会ったことがある人で

私の好きな人達のことだったから余計に嫌だった。

 

最初は
「あの人のことを悪く言わないで!」
と心の中で必死に抵抗をしていたが

 

いつしか
それにも疲れてきてしまって
「あの人は本当は悪いのかもしれない」と思ってしまうようになった。

 

この養父母との関わりで
目の前の人が悪く言う人は
きっと悪いのだと思い込むようになってしまった。

 

 

 

養父が感情を露わにする姿は醜く恐ろしく
汚い言葉は聴くに堪えなかった。

 

そんな気持ちを感じている私の姿を見て
養父は自分のことを拒否していると感じ取る。

 

「俺のことを馬鹿にしてんのか!」
「俺が間違ってるとでも言うのか!」
と私に怒りの矛先を向ける。

 

そんな恐怖を避けるために
どんなに見たくない時でも聴きたくない時でも
心を凍らせて

何でもないようにその場をやりすごすようになった。

 

この養父との関わりで
人がどんなに感情的になって話をしても
聴きたくないような重たい話をしても
ただ淡々と話が聞けるようになった。

 

 

 

長く愚痴を聴いていると当然疲れてくる。
ボーッとしたり、相づちもおざなりになる。

 

そんな私の態度を養父は許さない。

 

「お前、人の話はちゃんと聴くもんだろが!」
「俺の話がそんなにつまらないのか!」
と私に怒りの矛先を向ける。

 

そんな恐怖を避けるために
どんなに疲れて集中力が切れかけても
必死に養父の愚痴を聞き続けるようになった。

 

この養父との関わりで
どんな話であっても
人の話はとにかく真剣に聴くようになった。

 

 

 

私と似たような体験を持つ人は多い。

 

子どもは親を愛している。

 

だから
親の話を一生懸命聴く。
どんなに親の都合の良い話でも信じる。
聴きたくない人の悪口や愚痴でも懸命に耳を傾けるのだ。

 


健康な人は
大人が小さな子どもに
大人に対するのと同じように話をするなんて
信じられないのではないだろうか。

 

 

大人になりきれていない大人は
大人の話を理解してしまう知能の高い子どもを
優秀な聞き役にしてしまう。

 


大人の話の聞き役になってしまった子どもは
自分のことより大人のことを心配するようになってしまう。

 


子どもは成長過程で
日々、大人に話を大事に聴いてもらって
自分の気持ちを大事にすることができ
自由に感情を持つことを学んでいく。

 

本来なら
大人の気持ちに寄り添っている場合ではない。

 

つねに親の気持ちを優先させていれば
子どもは自分の気持ちを知ることも
自由に感じる事も出来ない。

 


そして

このような特殊能力が身についてしまう。

 

・目の前の人の絶対的な味方になって話を聴くことができる
・目の前の人が感情的になっても冷静に話を聴くことができる
・自分の気持ちを置いて真剣に話を聴くことができる。

 


この特殊能力も
本当に要らないものだったと私は思う。

 


ただでさえ難しい友人関係が

このせいで、さらに難しくなったと思うからだ。

 


健康な子どもは
友人と明るく楽しく過ごしたい。

 

友人の重たい愚痴など聞きたくないし
友人がいつまでも落ち込んでいるのに付き合っていられない。

 


そんな時
私は嬉々として
相談役になり悩んでいる子に寄り添った。

 


他の子は誰もそんなことをしたがらない。


だから愚痴を言いたい子も落ち込んでいる子も
その時だけ
私にすごく頼ってくれるのだ。

 



そのような子たちは

 

状況が良くなって落ち込みから脱し
気分が良くなるとどうするかというと

 

私のことはすっかり忘れて
落ち込んだその子のことを無視していた
明るく元気な子達の所で楽しく過ごすのだ。

 

 

 

こういうことは本当に多かった。

 


こういうことがある度に

 

「人は困った時だけ私を利用して
 解決したら何も無かったように私を見捨てる」

 

こんなふうに本当に悔しく悲しい思いをしていた。

 


今になって考えると
子どもはこういう行動をとって当然だったと思う。

 

何かあった時は
寄り添い、一緒に考えてほしいけれど
回復したら元気に楽しく過ごしたい。
普通のことだ。

 


なのに私は
友人の話を聴いていつまでも引きずって
気分が晴れなかった。

 

相談する側は
あっという間に回復していたのに
いつまでも暗い気分で真面目にしか話をしない私と
一緒にいられなかったのだと思う。

 


私は二人になると

真剣に話を聴いてしまう癖があった。


何も問題が無ければ

そんな私と話していても楽しくなかったのだろう。
明るく楽しく過ごせる友人を求めるのも当然だった。

 

 

 

大人になっても
こういうことが繰り返されていた。

 


特殊能力のせいで

 

落ち込んでいる人
悩みがある人が私の周りに集まってしまう。

 


私といるうちに回復をすると

 

途端に
「何も考えずにただ明るくすごしたい」
「みゆは真面目すぎてつまらない」
と言われたりした。

 


だから
長い間私は自分のことを

 

「何の面白みも無い人間で
 人の悩みや愚痴を聞くしか脳がない人間」

 

と思い込んでいた時期が長かった。

 

 

 

それだけではない。

 

自分を無くして人の話を聴いてしまうから
人と居ると自分の気持ちが感じられなくなってしまった。

 


人が好きなのに
人と長い時間を過ごすと自分が分からなくなってしまうのだ。

 


すぐに自分を無くして話を聴いてしまう私に

人は何でも話してしまう。


「話すつもりは無かったのに話してしまった」
とイライラをぶつけられたこともあった。

 

苦しい話や悲しい話
誰にも話せないような打ち明け話をされ
人の嫌な面ばかりをみることになり
いつも苦しくて気分は最悪だった。

 

 


自分を無くしてしまう人間を
人は大事には扱わないのかもしれない。

 

大事な人には話せないけれど
どうでもいい人には何でも話せたのかも知れない。

 

どちらにしても
この癖のせいで
大事に扱われないことが増え
どんどん傷つき自尊心はどんどん下がっていった。

 

 

 

今はもう違う。

 

いつでもどこでも
誰彼構わず
必死に人の話なんて聴かなくていい。

 

相談を持ちかけられていないなら
軽く流していい。

 

自分が聴きたい人の話でないなら
断る権利がある。

 


もっと
何でもない話をしたり
バカみたいな話をしてもいい。

 

もっと
自分の感情を感じながら
話をしても聴いてもいい。

 

もっと
自分の話を沢山話してもいい。

 


当たり前のことだが
これを分かった時

 

やっと私は人に大事にされ始めたような気がする。