逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝⑤小学校入学でADHDの症状が表れる

引き取られた場所は東京の下町。

 

今からだいたい35年前。

 

 

 

養護施設から引き取られてからまもなく
小学校入学だった。

 


この辺りを思い出すと

 

色とりどりの景色や
めまぐるしく変わる場面
沢山の感情が押し寄せる。

 

サブカルな映画のワンシーンみたいに
明るい場面や暗い場面
綺麗な場面や汚い場面が
すごい勢いで早送りして再生されるような感じで

 

頭の中が混乱するような感覚がする。

 

 

 

小学校入学までの人生は
とにかく刺激が少なかった。

 


いつも同じ場所に軟禁されているような感じで
見える景色が変わらなかったし

 

その見えているものも
私にとっては
つまらなく汚く感じるものばかりだった。

 


ずっとたらい回しにされていた時期は
ただそこにいただけで
自分に関わってきてくれるような刺激は少なかった。

 

田舎の汚い建物しか見ていなかった。

 

田舎だって見晴らしのいい場所や自然の綺麗な所はあって
空が綺麗で星も綺麗なはずだけど
私がいる場所から見えたのは汚い建物だけだったし
空を見上げるってことをしなかった。
知らなかった。

 


養護施設にいた間は
しっかりと規律を守って生活していて判を押したような毎日。
互いに距離を保っている子ども同士で過ごしていて
やはり刺激は少なかった。

 

施設から出ることはたまにしかなくて
施設内で遊んでいたから外の景色はほとんど見ていない。

 


引き取られてからは
ボロボロの綿壁と圧迫してくる狭い家。
散乱した汚い家の中。
汚い感情を垂れ流す養父母の顔。

 

色んな恐怖はあったけど
慣れや感じないように心をフリーズさせていたりして
それほど刺激を感じないようになってた。

 


刺激が少ないと書いたけど
その時は当たり前だと思っていたから
なにも分かっていなかった。

 

小学校入学で
楽しいもの、綺麗なものに初めて出会ったからこそ
そう感じていたんだと分かった。

 

知らなければ感じないこと
当たり前だと思っていれば辛くも感じないことがあるのだ。

 


私の場合

 

親がいないって珍しいことで可哀想なこと
かまってもらえないってつまらない
綺麗なものって気持ちがいい

 

知ってしまってから
ドッと辛くなってきた。

 


この先も
自分には得られなかったものを沢山持っている人と
出会っていくことになるのだが
その度に私は辛くなっていったことを思い出す。

 

もちろん
辛いだけではないプラスのこともある。

 

当たり前ではないことを知って
自分が持っていないことに気づいて
欲しいという気持ちや飢える気持ちが芽生えて
自分を奮起させることもできた。

 

 

 

話を戻そう。

 

小学校に入学してから
今まで感じたことのない刺激が押し寄せてきたのだ。

 

 

 

そうだ。
家から小学校までの道が大好きだった。

 


小学校に通えることがすごく幸せだった。

 

学校でもトラブルだらけだったけど
家での地獄に比べればオアシスだ。

 

ランドセルを背負って黄色い帽子をかぶって家を飛び出すと
私は解き放たれた気持ちになる。

 


自分の家を出てまっすぐに進んだ突き当たりには
大きい桜の木があった。

 

家から解放された気分で
暖かい春の空気の中で見る花びらはキラキラキラキラ見えて
言葉にならない
生まれて初めての幸せな気持ちだったと思う。

 


家から学校までの道には友達の家が何軒かあった。

 

何故なのか説明できないが
顔が見られなくても
友達の家を見るだけで何だかじわーっと嬉しい気持ちになった。

 


学校に向かう道で歩きながら
驚くことばかり。

 

色んな人が沢山歩いている。
沢山のおにいさん、おねえさん、おじさん、おばさんがいる!
子どもも沢山いる!
みんな話をしている!

 


変なことを書いているようだが

 

狭い施設の中で過ごしていると
会うのはほとんど同じ年頃の数人。
大人はわずかなスタッフで
ごくたまにしか
施設にいる小学校高学年、中学生のお兄さんお姉さんには会えない。

 


だから
沢山の様々な人を見られることが
私にとっては驚きだったのだ。

 


それに
こうやって書くまで気づかなかったけれど
その時まで
ずっと目の前のものしか見ていなかった。
下ばかり向いていた。

 

映像の記憶として残っているのは
目の前の人の顔や
自分の手や自分の足元、地面の記憶ばかり。

 


私が幼少期を語ると
自分がその時に居た場所や光景の話はあんまりなくて
自分がその時に考えたことや感じたことばかりになってしまうのは

 

顔を上げて辺りを見回す余裕がある時が少なかったからかもしれない。

 

 

 

あぁ思い出した。

 

私が変だった特徴の一つ
とにかくグイグイ人に話しかけにいくところ
人なつっこいところは小学校入学からだった。

 


話したことがない人が沢山いること

 

それが私にとっては
沢山のおもちゃや図鑑を与えられたような
何とも言えない興奮があった。
知的好奇心が爆発する。

 

これが今の私のはじまりかもしれない。

 


昆虫とか石とか星とか
色んなものに深く興味をもつ子ども時代だった人は多いと思うけど

 

私は極端に人との関わりが少ない時間を過ごしたせいなのか
私にとっては人が興味の対象で深く知りたいと思うものだった。

 


小学校低学年の頃は
誰彼かまわず話しかけても怒られたりしなかったし
冷たくされたりしなかった。

 

内気な子の方が多い年代だからか
むしろ喜んで応えてくれる子が多かった。

 

それに味をしめて
とにかく会う子会う子に話しかけて沢山話した。

 

 

 

人が興味関心の対象だというだけではなくて
それまでずっとおしゃべりらしいおしゃべりをせずにきたから
今までの鬱積したものを晴らすように
沢山沢山話した。

 

何を話したか覚えていない。
覚えているのは
自分がしゃべるのが止まらないシーン。
ただただ感情の赴くままに話してたんだと思う。

 


小学校に入学してすぐにADHDの症状が表れた。

 

抑圧されていたものがあふれ出たような感じ。

 


今書いたようにおしゃべりが止まらない。
尋常ではなかった。

 

思い出すと恥ずかしいし申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
普通のおしゃべりではなくて
人に迷惑をかけるレベルだ。

 


まくしたてるように
すごいスピードで話しまくり
人の話なんてろくに聞かない。

 

話してはいけない時間でも止まらない。
授業中や帰りの会などで先生が話している時でも
かまわずベラベラ話す。

 


思い出した。
小学校低学年の授業中の記憶は
椅子を横に座って後ろの子と話しているか
椅子を斜めにして遊んで後ろにひっくり返るか
外を見ることに集中しているかで

 

一時間の授業で5、6回は怒られていた。
怒られない時はなかった。

 

後ろの子も何度も
「怒られるよ」
「前向いて」
って言っていた記憶がある。

 

肩を押されて前を向かされたことも何度もある。

 

なんで分からなかったのだろう。
授業中に前の子が勝手に後ろを向いて話してきたら
それは大迷惑だ。

 

本当にその時は気づいていなかった。
授業の邪魔をして友人を巻き込んで叱られて
本当に迷惑なやつだった。
自分に対して腹が立つ。

 


それなのに
話したい欲求が止まらなかった。
話したい欲求の自覚も無い。
口や体が勝手に動き出すような感じだ。

 


それを如実にあらわすのが
帰りの会で先生やクラスの子が話しているときに
私は急に歌を歌い出したのだ。

 

衝撃的だったからよく覚えている。

 

おにゃんこクラブの
「バナナの涙」の一部分

 

♪へんなの♪
と口からついて出た。

 

天敵の男子にバレた。
「お前が変なんだよ!」

 

まぁその通りだ。

 


本当に恥ずかしかったし
みんなが静かにしている帰りの会で歌い出す自分の狂気に驚いた。
言葉にならない自己嫌悪。

 

 

 

まだまだある。

 

こんなふうに
クラスで一番先生に怒られる生徒。
だけどまぁ面白いタイプで嫌われてはなかった。
とにかく目立っていたと思う。

 

さらによく分からない正義感で
女子代表で男子と戦っていたりして
一部の男子には嫌われていた。
だから私の変な所を攻撃してくる。

 

授業中
「おまえ変だな」
とコソッと男の子が言ってくる。

 

多分からかったんだと思う。
私は衝動が止められない状態だったから
授業中に急に立ち上がって縦笛を持って殴りかかった。

 


こわいでしょう。

 


これを私は何回かやっている。

 

縦笛を二本割っている。

 

 

 

こんなことばかりで
教卓の横に机をつけて授業を受けたり

 

教室の外に出されたり

 

とにかくヤンチャでは済まされない
変な子どもだった。

 


自分の行動が全く自分の意思のままにならない。
この頃は自分が勝手に動き出す感じで
本当に困っていた。

 

やってしまって激しく落ち込むのに
落ち込んだすぐそばから
また同じ事をやりだすのだ。

 


小学校入学前までは
すごくおとなしく良い子だったし
策士だった自分を思うと

 

自分の意思とは関係ないし
性格とも関係ない。
ADHDの症状だったとしか思えないのだ。