逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

愛着障害の人が苦しさを人に理解されない理由

愛着障害の人は

 

「自分の苦しさは人に理解されない」

 

そんな強い思いを持っているのではないでしょうか。

 

 


そうなんですよね。

本当にわかってもらえない気持ちになりますよね。

 

 

 

実は

愛着障害の人には苦しさを人に理解されづらい理由があるんです。

 

 

 

愛着障害の人は

自分のことを無意識に隠してしまっています。

 

 


これまで愛着障害について書いてきましたが

どの記事を読んでもわかるように

 

親との関わり、人との関わりで

いつも自分の本心、自分の状態を隠さなければならなかったんですね。

 

 

 


例えば


こんな癖がついてしまっているはずです。

 

 

 

言いたいことはあるけど

相手は悪気がない、相手は悪くない、相手を傷つけてしまうかも・・・


相手の事情を思うと言えない

 

 


感じていることはあるけど

変なことかもしれない、否定されるかも知れない・・・


相手はどう思うかと思うと言えない

 

 


嘆きたいけど

人の負担になる、弱いと思われる、本心を話して引かれる・・・


そう思うと何でもないふうにしてしまう

 

 


疲れているけど

人を心配させる、自分が頑張らないと、弱い自分には価値が無い・・・


そう思うと強がってしまう

 

 


ギリギリの状態だけど

目の前のことに必死で自分の気持ちが感じられない
1人で抱えている重たい事情を忘れようと必死に明るく努める・・・


明るく動じないふうにしてしまう

 

 


もっともっと

色んな場面で、色んなことを考えて、色んな理由で

無意識に自分のことを隠してしまっているかもしれません。

 

 

 

 

私もそうでした。

 


自叙伝でも書かせてもらっています。


自叙伝㊹いつでも平然として見える私

 

 


家庭内で起きていることは誰にも話せません。

 

 


周囲が明るく楽しく過ごしている中
自分だけ悩み苦しんでいる姿を見せるわけにもいきません。

 


不安でパニック状態であっても

それを表に出せば、軽蔑され笑われ居場所が無くなります。
何でも無いフリをするしかありません。

 


自分の抱えている重たい事情から気をそらすために
人の心配をして、世話をして、自分は大丈夫と思い込むしかありません。

 

 


こうやって自分のことを完璧に隠していたせいで
全く違う人間のように人には映っていたんだと思います。

 

 


自分の心の中のことは人には全く伝わらず
誰もわかってくれないと絶望していました。

 

 

 

 

「人は私のことを全く違うようにしか捉えない」

「私のことを理解してくれる人なんて絶対にいない」

 


私は長い時間をかけてこんな思いを強くして
人間不信を強くしていったんだと思います。

 

 

 

 

愛着障害を克服してからやっとわかったのですが

 

 

こんなふうにして自分のことを隠していれば
誰もギリギリの状態だなんて気づけるはずがないんですよね。

 

 

 

自分では隠してるつもりなんてないし
無意識にずっとそうしているだけなので

 

自分はちゃんと出しているのに

人が気づいてくれないとしか思えませんでした。

 

 

 

 

言葉で伝えようと努力をしたこともありました。

 

 


意を決して人に

 

「私は今こう悩んでいる」

「私は限界だ」

「これだけの大きな思いがある」

 

 

言葉でしっかりと伝えてみました。


それなのに

やっぱり相手は私の辛さをわかってくれません。

 

 


これだけ訴えているのに

 

この人は分かってくれない
この人は見て見ぬふりをする人でなし
私を大事に思っていない

 


こうやって嘆き悲しみ、怒りを大きくしていたのを思い出します。

 

 

 

ですが私が

 

冗談っぽく話してしまったり、余裕しゃくしゃくの態度でいたり
淡々と伝えたりするせいで

結局は「私は大丈夫」と伝えてしまっていたんですね。

 

 


言葉で伝えているのに理解されないと思っていたんですが

 


人は言葉よりも

ヘトヘトな姿、余裕の無い姿、感情をこめて心から訴える姿

そういうもので重たさを判断しているんですね。

 

 

 

 

カウンセリングでお会いする愛着障害のクライエントさんも

みなさん私と同じでした。

 


どれだけ大変な経験を持っていても
今も大きな苦しみを抱えていても


なんでもないように軽く明るくお話をされます。

感情をこめず淡々とお話をされます。

 

 

時には

大変な経験や今の苦しみを全て隠し
ポジティブな話ばかりをされることもあります。

 

 


注意深く、自分の苦しさを出せないでいるのを見つけようと
つねに努力している私ですら

 

何度も見過ごして、見間違えてしまうことがあるほどです。

 

 

 

ましてや

普通の人間関係では対等ですから
注意深く見ていてはくれません。

 


私たちのように

自分を表現できない状態では見過ごされるのも、誤解されるのも当然で

 

決して
相手が分からず屋、鈍感、愛情が無い訳ではないんですね。

 

 

 

 

愛着障害の人は
自分自身が完璧に自分を覆い隠してしまっていること

 

これに気づかなければいけません。

 

 

「隠しているつもりはない」

 


本当にその通りですよね。

 

 


でも自分はそんなつもりはなくても
悪気はなくても

 

今自分は

自分のことを全く表現できていないことを分かってください。

 

 

 

こうして沢山の理由があって

自分のことを全く表現ができていないせいで
人から理解されない、人から誤解されるのであって

 


自分が苦しさを理解されない、寂しい人間でもなければ


人が苦しさを理解しない冷たい人間

人が理解できない、鈍感な人間なわけでもないんです。

 

 

 

私もいまだにここの部分は根強く残っていて
注意しないと

 

「誰も苦しさをわかってくれない」
という思いが湧きあがってきます。

 

 

今自分が自分のことを覆い隠していないか
いつも注意しながら

 

伝えようと努力したり
相手が理解できないのは当然だと受け入れたりして

 

上手に自分と人と付き合っていきましょうね。

 

 

 

 

 

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