自由になりたい!
みんなそう思いますよねー
今は生命を維持するためには何不自由ない環境があるのに、なぜか何とも言えない閉塞感があって、誰もが「自由になりたい」と願っているよう…
「自由になりたい」
私も小さい頃からずっと強く願っていたなぁ。
子どもの頃は程度の差こそあれ、誰もが実際に不自由ですよね。
子どもは生まれ落ちる家庭を選べないから自分の居る場所を自分で選べない。
生まれ落ちた後に「ここは嫌だな」と思っても他に移ることもできない。
ある程度の年齢になって他に移ろうと試みても、家出少年として扱われちゃいます。
あと、子どもはどこに行っても人に従わなければいけない。
自分の思い通りにしたい、反抗したいと思っていても
生まれ落ちた家庭は変えられない
入学した学校は大抵は変えられない…
そこから飛び出して1人で生きていく力も子どもにはない。
家庭では親や目上の兄弟
学校では先生や先輩や友人
周囲の人にどんなに不満を持ったりしても、日本では特に従わなければ居場所が無くなるかもしれないから耐えるしかないんですよね。
思い出した…
とんでもない不自由…!
でも…大人になったら…?
子どもの頃のこんな不自由が無くなってるはず。
なのに大人になっても自分で居る場所を選べない、動けないって思ってしまうんですよね。
本当はそんなことないんですよね…
大人になったら、人間関係も、職場などの居場所も、人によって選択肢の数の差はあれど自分で選べる。
慣れ親しんだ人から離れるのが寂しい
慣れ親しんだ人は楽だから不満はあっても離れない
新しい人間関係を作るのが面倒、勇気が無い
新しい人間関係では甘えられず疲れるから面倒…
自分が今の人間関係を手放したくないだけ。
慣れ親しんだ場所では同じ事をやっていればいい
新しい場所では新しいことを身につけなければいけない
不満はあれど大変なことをやるぐらいなら我慢の方がマシ
自分が今の環境から離れたくないだけ。
同じ事を続けていればこれ以上悪いことは起きない
新しいことをしなければ失敗はしない
自分が今と同じことを続けていたいだけ。
まるで自分には選択肢がないような気がするんだけど、実は自分で「変えない」という選択をしてるんですね。
絶対に生まれ落ちる場所を選べない
絶対に逃げられない子どもの頃と違い
決して簡単ではないし、面倒で勇気はいるけど、本当は自分で選びなおすことや逃げることができるはずなんですよね。
絶対に人に従わなければいけなかった子どもの頃と違い
従わなければ居心地が悪くなる、恩恵が得られなくなるなど、失うものも多くとても大変なことではあるけれど
人の力を借りずに自分の力でやる選択をしたり、その場所をあきらめる選択をしたりすることができるはずなんですよね。
今は楽のために自由を失ってる。
人に従っていれば自分で考えなくていい
人に従っていれば何か起きてもその人のせい
人に従っていればその人に助けてもらえる
人に従っていればその人に色々与えてもらえる
人に従っていれば1人にならない
まるで自分には全く選択肢がないような気がしてるけど「楽をするには」選択肢が他にないだけで、実は自分で「変えない」という選択をしてるんです。
私もまさにこれで
新しいことを始める、新しい環境に飛び込む勇気が無いから
「我慢するしかない」
人と離れるのが寂しいから、人に頼っていて自分で出来ないから
「我慢するしかない」
慣れ親しんだ人や場所から離れたくないし、人に助けて欲しかったし、自分で自分の行動の責任を取りたくなかったから、同じ場所から離れられず全く自由が無かった…
不満だらけなのに、不満を言いながらそこにとどまっているしか出来ないという…負のループ。
私たちは大人になっても、まるで子どもの頃のように「絶対に他の選択肢は無く不自由」だと思い込んでしまってるけど
難しいことだけど他の選択肢を選ぶことが出来るし、自分が恩恵を得るためにそこにいることを選んでいるだけで、恩恵を得ることを諦めれば自由なんですね。
私たちはつい動かない理由を探してしまう。
本当は動こうとすれば動けることも「絶対に無理なんだ」と思い込もうとする。
動かない理由を探し続けて、絶対に無理なんだと思い込んで生きていくから、本当は自由なのに、自ら不自由にしていくことになるんですね。
動けなくても、離れられなくても
自分が今「現状維持」を選択しているのであって
自分が勇気を出せば、いつだって違う選択は出来るんですよね。
今すぐに自由になりたいなら
動けない理由を探しては「絶対に無理なんだ」と正当化するこれまでの習慣をやめて
怖いから、まだ無理だから、得があるから「動かない」という選択をしているんだと認めることが大事。
私もまだまだですが、一緒に勇気を出してもっと自由を手に入れていきましょうねー!
関連記事