逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

自叙伝34 自己愛が高い私

中学生になってからのことを書こうとすると
なかなか筆が進まない。

 


小学生時代の私の人生は過酷過ぎたし
小学生時代の私の振る舞いは馬鹿で変で恥ずかしいことばかりだった。

 

この時代を思い出すと
苦しいような恥ずかしいような
何とも言えない嫌な気持ちが必ず湧き起こる。

 


でも一方で

 

「よくこんな状況を乗り越えてきた。自分はすごいな」

 

「どうしようもない自分だったけどこんな状況では当たり前だ。
 それでも諦めない自分に健気で胸を打たれる」

 

「こんな目に遭っても、人を恐れずに愛していこうとするなんて
 なんて勇気だろう」

 


そんな誇らしい気持ちや自分を慈しむ気持ちも湧いてくる。

 


今、心が回復して、縛られるものから自由になって
本来の自分だと感じながら毎日を過ごしている私と
小学生時代の私がとても似ている感じがしている。

 

だからこの時代を思い返すのが好きなのかも知れない。

 

 

 

中学生時代の私は
<自叙伝㉞本当の自分を出せない私>で書いたように

 

そんな不器用で間抜けで素直で健気な私は陰を潜めてしまって
要領が良く、計算高く、頑固で、人を下に見ているような自分になってしまった。

 

 

今思い出してみると
とても自己愛が高い時期だったんだと思う。

 

このような時期は、成長過程で有って当然だ。
でも私は自己愛の高い自分が何よりも憎たらしくて嫌いなのだ。

 

自己愛性人格障害だった養父の影響なのかもしれない。

 


鬱で何も出来ない自分
境界性人格障害で言動も思考も正常ではない自分

 

そんな自分よりもずっと
自己愛が高い自分が嫌いだ。

 

 

 

この頃は自分の感情がほとんど感じられなかった。
自分を押さえつけ続け、自分でいられる感覚もほとんどなかった。

 

じゃあ一体どんな感覚で生きていたのだろうか。

 


多分、人の反応だけを見て生きていたのだ。

 

 

 

中学に入学した私は
ショートだった髪を伸ばしセミロングに。

 

伸び放題だったゲジゲジの眉毛を整えた。

 

しゃくれたアゴもまだそんなに成長していなかった。

 

背が伸びて160センチを超えた。
小学生の時はぽっちゃりしていたけれど自然に痩せた。

 


そんな私にセーラー服がはまった。

 


ずっと容姿を笑われてきた私が
急に「綺麗」と言われるようになった。

 

誰が見ても可愛いという感じではない。

 

その当時、背が大きい女子は少なかったし
群を抜いて大人っぽい容姿と、大人同然の振る舞いが
単純に目を引いて、綺麗に見えただけだったのだろう。

 


そんなことも分かるわけがない私は

 

あれほど
自分は醜く恥ずかしい容姿の人間だと思っていた癖に
このような周囲の評価に

 

急激に妙な自信をつけ
「私は綺麗なんだ」と思い込んでしまったのだ。

 


教室に居て友人と話していれば
男子グループがこっちを見ている。

 

周囲の友人は
「また美由のこと見てるよ」

 


廊下を歩けば
特定の男子数人が私を見ている。

 

周囲の友人は「あの子、美由のこと好きらしいよ」

 


時々
「〇〇君が好きらしいんだけど」とあまり知らない女子に話しかけられたり

 

周囲がお膳立てをして
告白される場所に連れて行かれたりした。

 


そんなイベントが沢山あったお陰で
友人と上手く話せなくても
男子の話が好きな子たちに恋愛の話をしていれば学校生活は何とかなった。

 


本当に運が良かった。

 

もし運良く
こんなことが無ければ

 

私は女子と上手く話せずに
どう過ごしていいか分からずに浮いていたと思う。

 

長い中学三年間をどうやって時間をつぶしていいか分からずに
毎日苦しんでいたと思う。

 

どんどん自信を無くし、暗くなり、人を遠ざけて
孤立していったのではないかと思う。

 

 

 

中学生の時
モテることが価値を決めるような空気があった。

 

モテていれば、私がどんなに変人でも
変ということがバレなかったし
自分もそのことを忘れることができた。

 

 

そんな私は人に対しても
モテる子の価値を高く置いて
モテない子を心のどこかで見下していたところがあったと思う。

 

嫌なやつだ。

 

 

 

こうやって偽りの自尊心を高め
中学生の時の私は勘違いの自信を高めていった。

 


もしかしたら
こんな勘違いの自信を持っていたから
<自叙伝㉟反抗的な私>
のようなことが出来たのかも知れない。

 

 

 

勘違いの自信だったから
ちょっと自信を打ち砕かれることが起こると情緒不安定になった。

 


学年で可愛い子をみんなが挙げている時に自分の名前が挙がらない。

 

自分を好きだと言っていた子がすぐに他の子に告白する。

 

運動会などで自分の恥ずかしい姿を晒して男子に幻滅される。

 


たったこれだけのことで絶望して大きな怒りを抱えた。

 


勘違いの自信で

実際は大したことがないのに自分を過大評価しているから

現実でそれが打ち砕かれる出来事が頻繁に起こるのは当然だ。

 

それなのに、それが認められないから

素晴らしい自分の価値が分からない奴らがおかしいと怒りの矛先を人に向けた。

 

 

心の奥底の弱い自分、恥ずかしい自分、劣等感だらけの自分を
見ないようにすることに必死だった。
そんな自分を人にも見せないようにすることに必死だった。

 

だからバレたときに
心の中で逆ギレをして相手に対して大きな怒りを持つこともあった。

 

いつも怒りにとらわれていた。

 

 

 

人の反応ばかり見ていたから
自分の価値は人の評価のみで決まった。

 

だから人の評価が下がることをとにかく恐れた。
モテようモテようとして
女として高く評価されなければ価値が無いと強迫的に思い込んでいた。

 


自分らしくいたいはずの私が人の目ばかり気にして
女として求められることを嫌悪していた私が男の気を引こうとした。

 

 

 

本当の自分が求めるものがあるのに
今そうしないと生きていられない。

 


中学生時代は
そんな矛盾のまっただ中にいながら
空しい偽りの自信を高めて
つかの間の休息をとっていたような気がする。