逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

愛着障害には母性と父性が必要

私が愛着障害の人に必要不可欠だと思っているのは

 

母性と父性です。

 

 

 

愛着障害の人に必要な要素は
子どもが育つ上で必要なものと同じです。

 


母性によって
子どもは安心してのびのびと出来る
失敗して傷ついても回復出来る

 

父性によって
子どもは自分を奮い立たせる強さを学び
合理的な考え方や冷静さを学び
社会に出る前に
思い通りにならない現実の厳しさを感じられる

 

 

 

このバランスが崩れると

 


自分に甘くなりすぎたり
自分に厳しくなりすぎたり
失敗を恐れすぎたり
全力を出せなかったりしてしまいます。

 

 

 

私はこのようなバランスが崩れた人
このような助けが全く得られなかった人の
カウンセリングをしています。

 


一度大人になった人に
このような母性や父性を届けるのはとても大変です。

 

そのため
一度子どもに戻ってもらって
育て直しをするんです。

 

 

 

育て直しというと

 

お母さんと子どものような
役割を演じると思われるでしょうか。

 


カウンセラーによって
様々なやり方があると思いますが
私は違います。

 


カウンセリングに来られるみなさんは
お仕事をされていたり
子育てをされていたり
きちんと大人として過ごしています。

 


いくらカウンセリングという非日常の場とはいえ
「親だと思って甘えて話して」
なんて言われても難しいですよね。

 

 

 

私は一見して
子どもっぽく見えたり
頼りなく見えたりするので

 

クライエントさんは
親代わりとして私を見るのは難しいと思います。

 

 

それでも大丈夫なんです。


お母さんと子どものような役割を再現しなくても
みなさんしっかりと育っていきます。

 

 

 

 

これまでの育て直しの経験から

 

育っていく上で必要な母性、父性が分かってきました。

 

 

 


一般的な母性とは

 

優しいお母さん像そのもの

 


何を言ってもやっても
いいのいいの
大丈夫大丈夫
良くできたわね
なんて肯定的に受け入れる

 

このような感じではないでしょうか。

 

 

 

でも
ちゃんとこんなふうに育てられていても

 

「受け入れられた」
という感覚を持てずに
育つことが出来ない場合があります。

 

 

 

 

例えば

 

その子自身が

 

満足のいく結果ではなく悔しがっている

 

心配なことがあって
不安で不安で仕方ない

 

こだわりがあって
それが叶わない憤りを抱えている

 


こんなときに
ただひたすら肯定される

 

これで
自分が「受け入れられた」という感覚が得られるでしょうか。

 

 

 

得られないのではないでしょうか。

 

 

 

子どもが育つ上で必要な母性は

 


その子の
ぴったりの気持ちを見つけて
一緒に感じて
その上で大丈夫だと安心させてあげること

 

だと私は思うんです。

 


こうやって書くと簡単な気がしますが
とても大変なことです。

 

 

 

子どもによっては

 

不安なのに大丈夫なフリをしてしまう。

 

内面で起こっていることを外に出さない。

 

出したとしても
想像もつかないくらい繊細な感覚があって
理解が難しい。

 

 

 

そのため大人は
なかなかぴったりの気持ちが見つけられない。

 

 

 

もし
気持ちを見つけられたとしても

 

マイナスの感情を感じることが出来ない親であれば

 


「嘆くな」「感じるな」
と感情を否定したり

 

「なんとかなる」「大したことじゃない」
と無理に子どもを奮い立たせようとしてしまいます。

 

 

あるいは

 

一緒にマイナスの感情を感じることは出来ても
不安が高い親であれば

 


一緒に不安に巻き込まれて
オロオロとしたり情緒不安定なところを子どもに見せて
余計に不安にさせてしまいます。

 

 

 

育てる側が

 

子どもと同じくらい繊細な感覚を持っていなければ
繊細な子どもの理解は難しい

 

マイナスの感情を感じられる強さがなければ
一緒に感じられない

 

様々な経験を経て
問題が起きても乗り越えられるという強さや
問題が起きて乗り越えられなくても支え続けるという度量がなければ
子どもを安心させられない

 


繊細な子どもであればあるほど
親にはとても難しいですよね。

 

 

 

 


一般的な父性とは

 

厳しいお父さん像ではないでしょうか。

 


普段はあまり口を挟まないが
いざという時には自分のルールに従わせる。
怒ると怖い。
反論は聞かない。

 


こんなイメージでしょうか。

 


こんなふうに育てられても
社会のルールを上手く守れない。
社会の厳しさに耐えられない。

 

こんな人は多いんです。

 

 

 

例えば

 

もし
その子自身が

 

生まれながらルールに従うのが苦手

 

恐がりで怒られると考えられなくなる

 

頭が良いゆえに大人の矛盾を見抜いてしまって
言うことを聞く気になれない

 


こんなときに
ただ父親だから従わなければならないと叱られて

 

自分に厳しくする強さや
現実の厳しさを知ることが出来るでしょうか。

 


出来ないですよね。

 

 

 

子どもが育つ上で必要な父性は

 


その子の
性質や能力を見極めて
成長のタイミングに合わせて
ちょうどいい厳しさで接すること

 

だと思うんです。

 

 

 


子どもによっては

 

発達障害や知能の高さが平均から大きく離れていて
普通の子どもと全く違います。

 

出来ることと出来ないことの差が大きいため
課題が簡単すぎたり難しすぎたりします。

 

 

そのため大人は
ちょうどいい厳しさで接することが難しい。

 

 

子どもは

厳しくされ過ぎるとやる気をなくし 

甘くされすぎると怠けてしまいます。

 

 


育てる側が

 

子どもと同じような性質を持っていて
そんな自分自身の理解が出来ていなければ子どもの理解は難しい

 

つねに子どもを見守っていなければ
出来ることと出来ないことのデコボコは分からない

 

根気強く子どもと向きあい続けなければ
自分の気持ちを置いて子どもの成長を願えなければ
その子らしく能力を伸ばすことは出来ない

 

 

 

発達障害のようにデコボコが大きい子どもほど
すごく難しいですよね。

 

 

 


このように

 

子どもが「普通」から離れれば離れるほど

 

親が
母性と父性を持って接することはとても大変になることが
想像できるでしょうか。

 

 

 

このようなことから
発達障害の人やギフテッドの人は
愛着障害であることが多いのだと私は思っています。

 

 

 

普通に育てられた。

ひどい虐待をされた経験はない。

 

だから

愛着障害ではない
親に問題はない

自分の問題だ

 

とおっしゃる人は多いんですが

 

このように誰のせいでもないけれど
愛着障害になってしまうこともあるんです。