逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッドの子ども時代の苦悩

ギフテッドの特徴は

子ども時代の方に多く現れていると気づきます。

 


早い人では小学校低学年には
ギフテッドの特徴が薄れてしまいます。

 

 

 

ギフテッドの特徴は

 

親にとって

「優等生ではない」「普通ではなくみっともない」「劣っている」ように見え

 

しつけで修正しようとされやすい。

 

 

学校など同調圧力が強い環境では

「和を乱す問題児」「得体の知れない異物」「矯正されるべき子ども」とされ

 

厳しく叱責されたり、さらし者にされたり、排除されやすい。

 

 

 

このため

激しい親のしつけや
周囲の激しい圧力によって

 

ギフテッドはすっかり生気を失い

一般人になりきって生きるしかなくなるんですね。

 

 

カウンセリングの申し込みの時点で

自分はギフテッドの特徴は少ないという人がほとんどです。

 

カウンセリングが進んで

幼少期のことを思い出すにつれ

自分にギフテッドらしさが沢山あったことを見つけていきます。

 

 

ギフテッドの特徴を押さえつけて生きてきた人は

自分で気づけなかったんですが

本当はとてもつらかったはずなんです。

 

私もそうでしたが

ずっと生きている実感が持てません。

 

 

 

カウンセリングでは

ギフテッドが幼少期の出来事をとても詳細に語り出すことに驚きます。

 

5歳ぐらいの時の出来事を詳細に話しだします。

3歳頃の記憶がある人も居ます。

 

誰と誰がいて
どんな表情をしていて
その場所には何があって
自分はどんなふうに感じたか

 

こんなに詳細に話すんです。

 


私自身も同じでした。


人に話しても

 

「そんな小さい頃のことをそこまで覚えているわけがない」
「創作してる」

 

いつも否定されてきたので

 

クライエントさんが同じように覚えていることを目の当たりにして

自分以外にもいるんだと最初はとても驚きました。

 

 


私もところどころですが
3歳ぐらいの記憶もあります。

 

驚くのは1,2歳の記憶もあったことです。


言葉にできる自分の感情の記憶はないですが

身体の感覚の記憶や映像の記憶があるんです。

 


最初はそれが本当の記憶なのかどうか
分からなかったのですが

 

実の母親のお葬式の場面を覚えていて


不思議なやり方だったので

後々調べたところ、その地方独特のやり方だったんです。

 

 


この小さい頃からの記憶の映像の鮮明さが
愛着障害のギフテッドの苦しさの原因の一つなんだと思います。

 

 


この記憶力の高さを

執念深いとか、そんなに覚えているのは異常だ、嘘だとか

悪く言われてきたんじゃないでしょうか。


エピソード記憶の能力が高いのは
ギフテッドの特徴なんです。

 

 

 

生まれつきのギフテッドの特徴で


子ども時代に誤解されてレッテルを貼られ

多くのギフテッドが苦悩するのは

 

 

・生意気
・プライドが高い
・ずるい

・子どもらしくない、かわいくない

 

ギフテッドのほとんどが

人にこう思われ、疎まれて傷つけられ

自分の事も嫌ってきたと思います。

 

 

私も散々言われてきて

自分を批判しながら生きてきてしまいました。

 


私は生意気で、プライドが高くずるい人間だと思ってきたので

 

必死に
バカなふりをしたり
へりくだったり
ずるいことを強迫的に恐れたりしたんです。

 


これも

ギフテッドのクライエントさん共通のことでした。

 

 

子どもらしくない

生意気でずるいところは自分の汚点で、人として間違っていることで

とにかく隠さなければと思ってしまうんですね。

 


これじゃ生きづらいのは当然ですよね。


とても悲しいことです。

これは全く事実ではないんですから。

 

 


私が大人になって
心の病を克服して
沢山のギフテッドの方とお会いして

 

やっと現実が見えてきました。

 

 

ギフテッドは全て誤解されてきたということです。

 

 

ギフテッドは

 

真実を見る力があり

大人よりも
知識が多い部分があったり
間違いに気づいてしまったり
嘘やごまかしが見えてしまったりするだけなんですが

 

これが大人に誤解され、疎まれる原因になってしまいます。

 

 

例えば



子どもはみんな見たことや思ったことを口にしてしまいます。

子どもらしさですね。

 

 

「あの人太っちょだね」
「あの人変だね」

「おかあさんもやってた!」

「ちがう!幼稚園の先生が言ってたもん!」

「おかあさんも悲しいね。いいこいいこ」


こんな際どいことを言ってしまったり

大人に言いたいことを言って反抗したり

大人ぶったりしていますよね。

 

 

 

ギフテッドの子どもは

 

「それは違うよ。それはこういう理論があるよ」
「それはこないだこう言ってたことと違うよ」
「言っていることとやっていることが違うよ」
「本当はこう思っているんでしょ」

 

 

実は普通の子どもと同じことをやっているのに

子どもらしく見えません。

 

 

 

また
子どもは一時的に万能感を持つものです。

 

自分が出来ないことを棚に上げて
自分はすごいと思ってしまう時期があって当然なんです。

 

「全くおかあさんったら忘れんぼ」

「お父さん、だらしないんだから」

 

こんなふうに子どもが自分ができなくても

大人ぶって言うことはよくありますよね。

 

 

ギフテッドの子どもは

 

「これをこうしたら効率いいのに何でわからないの?」

「ここはこうなってこうなってるんだよ。知らないの?」

 

実は普通の子と同じことをやっているのに

全く子どもらしく見えません。

 

 


ギフテッドの子は
沢山のことが見えていて

実際に知っていることや分かっていることが多いので

 

子どもらしく未熟な故に偉そうに言っているだけなのに


結果的に

大人を追い詰めたり、大人に恥をかかせてしまったりするんですね。

 

恥をかかされた大人は怒りを
ギフテッドの子どもにぶつけるんです。
「生意気だ」と。

 

 

 

だから
親や周囲の大人は

ギフテッドの子どもを恐れるようになったり

可愛げがないと思うようになったりしてしまい

 

ギフテッドの子どもは

大人にあまり可愛がられないことが多いんですね。

 


ギフテッドの子どもは何も悪くないですよね。

 

 


本当は子どもは言いたい放題でいいんですが

心苦しいですが

 

自分を守る為に

口に出すときに気をつけなきゃいけないことを
教えてあげたいですね。

 

周囲に攻撃をされても
あなたは間違っていないと味方になってあげたいですね。

 

 

 

 

また

 

子どもは元気に無邪気にはしゃいでいるイメージがありますよね。

 

ギフテッドの子は
いつも不服そうに見えたり
多くの子どもが楽しむことを楽しまないように見え

 

子どもらしくない、可愛くないと思われてしまいます。

 

 

 

ギフテッドの子は
頭の中で活発に活動しています。

 


頭の中が活発に動いていればいるほど
外側から見える姿は

 

ボーっとして
無表情で覇気が無いように見え
子どもらしさとはかけ離れてしまいます。

 


そんなふうに見えても
ギフテッドも子どもらしいんです。

 


頭の中で空想を楽しんでいるかもしれない
知的好奇心を燃やしているかもしれない
面白いことを見つけて心の中ではしゃいでいるかもしれない


 

外側から見て
普通の子どもらしさが見えなくて不安になっても

 

ギフテッドの子に対して
子どもらしくしろなんて責めないでほしいんです。

 


それは
ギフテッドの子どもに純粋に楽しむことを禁止して
子どもらしく演じさせて

逆に子どもらしくいられなくしてしまうんですから。

 

 

 

ギフテッドの子が無邪気にはしゃぐのは
大人がイメージするような子どもらしい遊びではなく

 

知識を増やすこと
考えること
想像すること
新しい発見をすることなどです。

 

 

大人に様々な趣味があるように
子どもにだって様々な個性があるんです。

 

読書が好きな人がアウトドアを強要されたらどうでしょうか。
スポーツを好きな人が絵を描くことを強要されたらどうでしょうか。

 

楽しいことを禁じられ
伸ばすことの出来る能力を塞がれる。
これはとても苦しいことです。

 

 

 

さらに

 

自分の要求を通すために屁理屈をこねる
どうしても嫌なときにズルをしてすり抜けようとする

 

これも子どもならよくやることですよね。

 


こうやって
コミュニケーションをとったり
要求を通すためにはどうしたらいいかと頭を使う

 

ズルがバレて落ち込んだり
親が悲しんでいるのを見てやめようとしたり
ちょっとのズルを許容してもらったりして

 

成長をしていくんでしょうね。

 

 

 

ギフテッドの子どもが大変なのは

 

 

要求を通すための屁理屈が屁理屈ではなく
大人の心を読んであやつれてしまったり

 

ちょっとのズルのつもりが
かなり巧妙でばれずにすり抜けてしまったりします。

 


それが明らかになったときに

 

子どもとは思えないその巧妙さに
大人は驚き恐れたり嫌悪したりして

 

「ずるがしこい人間だ」
「子どもらしさがない」

と感情をぶつけます。

 

 

でも実際は

 

ギフテッドの子どもは
子どもらしくゲーム感覚で
自分の思い通りにするために
一生懸命に知恵をしぼっただけです。

 

それがクオリティが高いから
ずるがしこい怖い子ども
なんて言われてしまうんですね。

 

 

 

こんなふうに

 

ギフテッドの子どもは
実は子どもであれば当然のことをやっているだけなんですが

 

それが全く子どもらしく映らず誤解され
大人を恐れさせてしまい疎まれ、感情をぶつけられます。

 


結果的に
賢く巧妙で子どもらしくない姿が

恐ろしく見えてしまうのは分かります。

 

でもギフテッドの子どもに

普通の子どもらしさを求めないでほしいんです。

 

ギフテッドの子どもの心の中にある

幼稚で無邪気な部分を見つけてほしいんです。

 

子どもらしくないからと

しつけても直りません。

 

怒りをぶつけても

見えるものや知っているものはどうしようもありません。

 

 

 

大人は


間違えたら、間違いを認めてほしい。

 

自分の知っていることと知らないことの自覚をして
知ったかぶりをしないでほしい。

 

一貫性のある言動をとってほしい。

 

これさえしてくれたら

ギフテッドの子どもの苦しみは減るんです。

 

 

 

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