逆境から立ち上がった臨床心理士

―ADHD・ASD・ギフテッド・養護施設出身の被虐待児―

ギフテッド①-学校の成績は良くない-

ギフテッドというと
皆さんが想像するのは

 

高学歴で知的な職業に就いている優秀な人だと思います。

 

でも
ギフテッドは
必ずしも成績優秀者ではないと言われています。

 

 

授業内容が簡単すぎて

学ぶことに興味を失ったり


周囲から浮くことを恐れて出来ないふりをしたり

 

音楽や芸術やスポーツに強い関心を持って

勉強に興味が持てなかったり

 

学校の成績に反映しづらい特定のものに強い関心を持って

勉強に興味が持てなかったり

 

学習障害があったりと


学校の成績が振るわないギフテッドは
実際は少なくないんです。

 

 


ギフテッドなのに

IQが高くない
勉強ができない

そのせいで

ギフテッドである自分に気づけず
ただ精神に問題を抱えている人として生きている人は

多いのではないでしょうか。

 

 

私がそうでした。


ずっと

自分は馬鹿だと思っていました。

 

でも

頭が良いと思われることもあって混乱していました。

 


成績が良い人
知識がある人には馬鹿にされ

 

成績が悪い人には
本当は頭が良いのに怠けてずるい
こちらを馬鹿にしていると言われ

 

どこにいても批判されました。

 

 

一番批判されにくい選択肢をとって
自然と頭の悪いフリをして生きてきたように思います。

 


私の場合

 

ディスレクシアで20代中頃ぐらいまで
本が読めませんでした。

 

<自叙伝㉒ディスレクシアの私>

 

ここに書いたように

とても勉強ができる状態では無かったんですが

学習障害という存在も知らず、そんな自分に気づくことはできません。

 

 


でも

心のどこかで自分は頭がいいかも知れないと期待はありました。

 

そう思える出来事が

馬鹿にされる日常で、時々起きていたんです。

 

 


小学校に入学してすぐに、学力テストがありました。

 

結果は誰にも通知されず、分からないようでした。

 

しかし

そのテストの後


スーツの男の人が二人、うちを訪ねてきました。
その学力テストの話を里親にしたそうです。

 

帰った後に里親は
「おまえ頭良いらしいぞ。学校変えろって言われたけど嫌だろ」

そう私に言ったんです。

 

 

その時は
ただ嬉しくて舞い上がった気持ちは覚えています。

よく分からないまま

親の意向に従い話は流れていったと思います。

 

大きくなってからちゃんと聞いてみると
IQが高すぎるから私立にいれたほうがいいのではないか

そんな話だったようです。

 

 

35年ぐらい前の話です。


こんなことが本当にあったのかは分かりません。

 

 

まだあります。


友人たちがずっと勉強しているのを見て


自分なら授業を聞いていられれば
試験前の5分だけ覚えるものを与えてくれたら

同じ点数がとれるのにと思っていました。


馬鹿にするのではなく純粋に不思議だったんです。

 


私の周りにいる友人は、成績は普通の子たちでした。


テスト直前

私は勉強をしませんでした。

 

障害のせいでノートがとれなかったので

試験前に覚えるものを持っていません。

 

 

友人に見せてもらえなければ

何もやることがなかったんです。


テスト前の時間が暇で

勉強しているみんなにちょっかいを出してしまっていました。

 

 

それを教師は見ていて

答案を返す時に大勢の前で


「竹田のグループはみんな成績悪いのに
竹田だけ良いんだな。みんなの邪魔するな」


「竹田だけこっそり勉強してんだよ。みんな騙されるな」


そう言われたんです。

 

 

普段授業中は

ボーッと考え事をしたり

おしゃべりをしていたりして全く聞いていませんでした。

 

たまたま授業を聞いていたところが出て

高得点をとってしまいました。

 

 

みんなは必死に勉強していたのに

自分はやることがないのでおしゃべりに付き合わせてしまった。


勉強の足を引っ張ってしまいました。

 

 


でも教師がここまで言うのはひどいと思うんです。

 

友人達を扇動し

成績が悪いのは私のせいだと友人達に怒りを向けられました。

 

陰で勉強しているとか言われもない罪を着せられ

大勢の前で本当に恥ずかしく罪人のような気持ちにさせられました。

 

 

 

勉強のやり方は分からないけど

何もしていないのに、たまに高得点を取る

 

 

これが

教師から見ると嫌な子ども

友人達から見るとずるい子

 

いつもそう見られることになったんだと思います。

 

 

そこから

 

陰で勉強していると思われるのが嫌で
ものすごく勉強した!と必ず嘘をつくようになりました。


普段はテストの点数は悪いので

 

私は「必死に勉強しているのに点数が悪い人」と

思われることに成功しました。

 

そしていつも

自分より頭が良いとは思えない人たちに

見下されるようになっていきました。

 

 

 

多くの人は

 

子どもの頃は

「どこか友人より優れたい」

そんな熱意を持って

何かに取り組んだり努力をするんだと思います。

 

私はとにかく人より優れないことを頑張っていた

 

そんな記憶が多くあります。

 

 

 


自分のことをすごく頭が悪いと思っていたのは

 

一般常識を理解しようとしても
全然入ってこないことです。

 

例えば

政治のこと。
恥ずかしながら
全く興味がありませんでした。

 

社会の仕組みや生活上の手続き。

全く興味がひかれません。

 

大人として
最低限の知識を持たなければと勉強しようとしたのですが
全く入ってきません。

 

あまりに無知で、世間知らず、教養がないと思われてきました。

 

 

 

また、面白いと思えないものは

簡単なものですら理解できない。

 

なんらかの理由でつまずいたり嫌いになると

簡単でも頭が真っ白になり入ってきません。

 

 

英語がそうでした。


苦手意識が強く
中学生レベルの単語もダメでした。


日常で簡単な英語に出会う場面で

全くわからない私を見て、人は頭が悪い人なんだなという反応をします。

 

悔しいですが

簡単な英語がわからないと頭が悪く見られやすいんでしょうね。

 

 

 

大学院に入学する時

英語の長文読解が必須なのに全く理解できず

大きな壁にぶつかりました。

 

意を決して

 

大学院に入るために予備校に入学し
英語を5文型から徹底的に学びました。

 

SVからです。
とても屈辱的でした。

 

でもそのおかげで
段々と分かるようになってきて
英語を毛嫌いすることもなくなり少し面白くなり

 

そこから急に長文が読めるようになったんです。

 

 

 

ギフテッドは好奇心で学ぶんですね。
面白い、学びたいと思えなければ理解ができない。

 

だから

無知なところは本当に抜け落ちてしまうんだと思います。

 

 

あとは
基礎がごっそり抜けていては理解が出来ないんですね。

 

 

好奇心の重要性

基礎が抜けていると理解できない

 

これを裏付けることが起きたのは
臨床心理士試験の勉強でした。

 

 

勉強を始めて一ヶ月経って、友人と勉強会をしたとき

私は20年分の過去問と解説をほぼ完璧に覚えていたんです。

 

私は暗記が苦手で勉強はダメだと思っていたので
本当に驚きました。

 

 

心理学の勉強は知りたいことでした。
知識のみで基礎が要らない。

だからすごい勢いで入っていったんだと思います。

 

 

相変わらず私は
興味関心に偏りがありすぎて
無知で理解が出来ないことが多く

 

人からは馬鹿だと思われやすいです。

 

 

でも

理由がわかり
自分を馬鹿だと思わなくなりました。

 

自分の好奇心にまかせて深く学んで

誰にも到達しない域にいけたらいい

その知識や知恵を人に還元できたらいいと思うようになりました。

 

 

同じようなギフテッドの方はいらっしゃると思います。

好奇心が持てない部分で無知であっても馬鹿じゃないんです。

 

 

  

 

出来ることも

自分の興味によって全然違いました。

 

自分の興味のあることは

すぐに出来るようになったり

突出した才能を見せたりするのに

 

自分の興味がないとは

いくら練習しても出来ない

上達しない

 

出来ることと出来ないことの差が大きいんです。

 

 

 

知識の量も出来ることもとにかく差が大きいと

 

自信がある時は明るく堂々としているのに

自信がない時は暗く卑屈になってしまいます。

 

情緒不安定になってしまうんです。

 

 


こんな大きな凸凹があり情緒不安定で

学校の成績が振るわないギフテッドは


人に疎まれやすく誤解されやすいと私は思います。

 


成績が優秀であれば
勉強ができるから変わっている…

 

そう許されるのに


成績が優秀ではないギフテッドは
ただの変わり者として扱われてしまうんですよね。

 

 

 

 

 

 

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